狐と踊れ
神林長平 (ハヤカワ文庫)
まあまあ(10点) 2008年3月23日 ひっちぃ
日本のSF不毛時代に精力的に執筆していた神林長平のデビュー作を含む最初の短編集。表題作であるデビュー作は、放っておくと胃が人間の中から逃げ出してしまうようになってしまった空想未来の世界で、胃を固定しておくための薬の製造と配給がもとで生まれた管理社会の中で、運良く特権階級になれた男の歯車が狂っていく話。
あとがきで眉村卓が書いているように、少々古臭い感じはするが、冒頭の女の戦いの狭間で苦慮する男から普通に話に引き込まれる。胃が飛び出す描写がなければSFな感じがしないぐらい。まあ強力な管理社会を描いている時点でSFなのだけど。
主人公の雄也は、部長のおかげで出世できた。部長には美人のお嬢さんがいて、雄也は彼女と時々会っているようである。しかし雄也には既に妻がいる。この妻はちょっと身勝手だが平均的(?)な女だ。この四人が一緒に食事を取るところから物語が始まる。これに主人公の家に勤めるお手伝いの女性・三輪さんと、彼女に惚れているピアニストが絡む。
登場人物たちの真意に不明なものを残しながら、ちょっとしたことで物語がどんどん進んでいく。先の展開が知りたくで読み進めていった。普通に面白い。だが終わり方は唐突。SF落ち。っていうか落ちてるの?これ。SFってこういう都合のいい使われ方をするから落ちぶれていったんじゃないかと思う典型例。っていかに大作家の作品でもデビュー作にここまでケチつけることはないか。
「ビートルズが好き」は、ビートルズが大好きな女性の一人称で語られる話。恋人はいるけど大事にせず、趣味にのめりこんでいるうちに、不思議な体験をすることになる。文体がちょー甘ったるい。ビートルズの曲名や歌詞がちりばめられた、文芸的で独特な雰囲気を持つ作品。私は好きになれなかったが、多分この作品を評価する人は少なくなさそうな感じ。
「返して!」は、弟と近親相姦していた姉が、現代の感覚からすれば風変わりな厳しい規則を持つ空想近未来の社会で不遇に扱われる話。かなり短い。正直訳分からない。ただ、結びの文句がセンスいいなあと思った。
「ダイアショック」は宇宙で遭難して謎の惑星に墜落した宇宙商人が、大怪我したパイロットを助けるためにマニュアルに従って処置をしているところへ、宇宙人がやってきて対話が始まる。変わった考え方を持った宇宙人を出すことで、人間という存在を浮き彫りにすることを狙った作品だろう。軽妙な文体がとても楽しい。ただ、どうにも狙いが定まっていないせいか、話の結末の印象が薄まってしまっているように思った。
「敵は海賊」はこの作者の人気シリーズの原点となった作品?ヨウメイこそ出てこないが、背景世界から主人公たち主要登場人物まで基本的なところはもう固まっている。肝心の物語は、ちょっとひねりすぎなのか、それともひねったプロットの描きこみが足りないのか、とても物足りなくしっくりこないものになっている。だが、既に完成されている黒猫っぽい宇宙人アプロがとても魅力的でいい。
「忙殺」はフリーのライターの男が仕事に忙殺され、女優のスキャンダル、精神病院院長、謎の新興宗教の教祖を追いかけるうちに超存在に出会う中で、人間社会の忙しさとは何かを描いた作品(?)。熱力学と情報理論を人間社会に当てはめる考え方を、ちょっと頭がおかしいんじゃないかという教祖の理論として語っている。
出来のいい短編集だとは思う。文芸を楽しんだり、物語を楽しんだり、いかにもSFという趣向や舞台を楽しんだりできる。ただ、どれも70点といった感じで、読んで本当によかったと思える作品は無かった。とはいっても、日本の有名SF作家の原点という点では期待が外れてはいなかった。
ブックオフで105円で買った。
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