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    村上春樹 (講談社文庫)

    駄作(-30点)
    2008年8月27日
    ひっちぃ

    友人「鼠」から送られてきた羊の写真が元で、大物右翼の秘書を名乗る謎の男に接触され、戦前にまで遡る不思議な羊を探さなければならなくなった三十歳手前の男の、かなり鬱の入った物語。「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」に続く青春三部作の最後の作品らしい。

    ネット上の知り合いが、村上春樹の作品の中でこの作品が一番面白いと言っていたので読んでみたのだが、正直よくわからなかった。前に一度読んだことがあるかも。

    物語の大きな筋書きは、題名にあるように羊を探す話である。これがささやかなミステリー仕立てになっていてそれなりに先が楽しみで読み進んだ。でも目的地まであっさりしすぎ。

    話を膨らませているのは、羊に関係のあるいくつかのエピソードだ。大物右翼の生涯と戦略、羊博士の満州と北海道での話、最終目的地のある村の歴史。これらは普通に面白かった。

    だがこれらはこの物語の本質ではないらしい。

    冒頭、26歳で交通事故で死んだ女性の話が唐突に語られる。家出していて、いつもロック喫茶で本を読んでコーヒーを飲んでタバコを吸い、代金を払ってくれる男と寝て生活していた。彼女は自分が25歳まで生きて死ぬのだと言い、そのとおりになったと。ふうん。これは作品のモチーフなのか。それとも単に読者を煽っているだけなのか。

    主人公の三十歳手前の男は、「あなたと一緒にいてももうどこにも行けない」という観念的なことを言われて妻に別れを切り出される。ほとんど自分の責任だと思い、いくつかのやはり観念的な自省をする主人公。うーん。

    一転して今度は少し長い付き合いの「鼠」からのやはり観念的な手紙を受け取る。自分は隠棲するから付き合いのあった人たちに代わりに別れを伝えてくれと書かれてあった。なぜ自分で言わないのか、という理由がやはり観念的に語られる。

    主人公は自分や登場人物たちの観念的な言葉に対してたびたび「そういうもの」という言葉で口を濁す。世の中ってそんなに言葉で表せないものなのだろうか。そりゃ確かに生きていると不思議な出会いや別れはあるだろうし、知らず知らずのうちに袋小路に迷い込んでしまうこともあるんだろうけど、その過程で何かしら問題点を見つけたり方向転換を試みたりしないものだろうか。

    この作品を読んでいてふと思ったが、作者の村上春樹はどちらかというと女性寄りの頭をしているんじゃないだろうか。論理を避けて、本質らしきものを盲目的に探っている。これまでにいくつかこの人の作品を読んできたときには、初期作品だったら本当に言葉にならないことを格闘して言葉に搾り出したかのように思えたし、「ノルウェイの森」だったら幾分計算ずくで書いているのかと思ったのだが、今回読んでいるとわざわざ感性に寄りかかっているように思えてならなかった。しかもそれが感傷に堕しているかのように。

    私は男なので女の気持ちがどれほど分かるというわけではないが、村上春樹の小説に出てくる女性たちは根本的な部分において異様にリアリティがある。女というものをよく観察している、ぐらいのことではとても書けないほど真に迫っているように思う。だからなのか、私にはとにかく感傷的なだけで中身のない作品に思えてならなかった。百歩譲ると、この作品を楽しむために必要なものがどうやら私には欠けているようであった。平たく言うと、「女ってバカだなあ」「なに言ってんのかわかんない」ぐらいの勢いで相性が悪かった。

    この作品のヒロイン(?)である、とてもとても魅力的な耳を持った女性は、平凡な容姿でありながら普段は隠している耳を表に出すと主人公を異世界にいざなうほどに魅了してしまう。普段は安い給料で校正の仕事をし、たまに耳のモデルをし、夜は週に二回ほどコールガールをしているという設定になっている。この設定はどのような意図で考え出されたのだろうか。東電OL事件のような昼は仕事のできるOLで夜は魅力的な娼婦というような女性の幻想を狙い撃ってみたのだろうか。彼女の異様に鋭くてご都合主義とも取れる勘の良さは、少しでも考え出すとやはり納得できない。

    というように女性読者に向けたエサを巻きつつ、渋いというかよくわからない諦念に苛まれる男たちを描いてこの手の男を取り込むことを考えて書かれた作品のようにしか思えなかったが、きっと特に女性には広く受け入れられたんだろうなあと思う。

    さらにどうでもいいことを付け加えておくと、結末のつけかたもひどかった。低俗なアニメ並み。ひょっとしたらこの作品が発表された当時はこんな展開が目新しかったのだろうか。

    (最終更新日: 2010年1月20日 by ひっちぃ)

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