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    西尾維新 (講談社ノベルズ)

    傑作(30点)
    2008年9月17日
    ひっちぃ

    自分の妹を愛する高校生の少年が、論理思考によって妹や友人たちとの世界を取り繕っているうちに世界が軋み始め、殺人事件とその解明によって自分の世界を見つめなおす話。なのか?

    若手の萌えミステリー作家、西尾維新の多分代表作の一つ。メタ要素をそこそこ含んでいる。

    この作者の作品はまだ戯言シリーズしか読んだことがなかったのでそれ以来となるが、この作品も文章が冴えわたっている。素晴らしい。この人の文章は文字だけで出来ているとは思えないほどだ。比べるものがないほど。別次元と言っていいんじゃないだろうか。褒めすぎ?

    表紙を飾っている登場人物は病院坂黒猫という保健室登校の女の子。名前もそうだがまあありえない人格をしていて、書物のように蕩々と論理的なしゃべり方をして序盤を引っ張っていく。男言葉で。たぶんこういう人物を出すからいつまでもメジャーになれないんだろうなあこの人は、と思うのだが、これでコアなファンのハートをガッチリキャッチしているんじゃないだろうか。

    初登場の第一声がこれだ。

    「来てくれて実に嬉しいよ様刻くん! ふふ、この僕が今日一日この時間この瞬間まで、ずっときみの訪問を心待ちにしていたなんて言ってもきみは絶対に信じてくれないんだろうな。それが残念でならないよ。ひょっとすると昼休みまでの休み時間にでも訪ねて来てくれるかもしれないときみの友情に期待してみたんだが、それは当てが外れたといわざるをえない。だがそのことできみを詰るつもりはないから、安心したまえ」

    アホかと思う。だが私は魅了された。

    この作品は主人公の少年の一人称形式となっており、その相手役として彼女は二人称のような存在だ。

    主人公の少年が、ミステリーマニアである妹やこの病院坂という少女との対話を重ねて思索を繰り返すことで中盤は進んでいく。ミステリーという文学のジャンルとはなにか。ちょっと数学的だったり哲学的な説明が続く。理屈っぽい話がダメな人はこの作品をまったく受け付けないだろう。私はミステリーというジャンルにそれほど興味はないというか実は嫌いですらあるのだけど、「後期クイーン問題」みたいな解説はとても興味深かった。

    一応取り上げておくと、主人公の少年と妹との間の禁断の愛みたいなものも描かれている。主人公が論理的というか平たく言うとそっけないのでカラッとしている。作者は多分エンターテイメントとしてこのあたりの描写をしているのだと思う。それなりに楽しんでは読んだが、私は西尾維新のこういうところは好きになれない。

    べたべたと濃密な文章で語られる思索に私はいくつかのことを考えさせられた。

    まず一番大きなテーマは題にもあるように「世界」だ。人は自分の中に自分の世界を持って生きている。大切にしすぎたあまり取り返しのつかない関係になってしまった人のいる世界。常に問題を解決しつづけなくてはいけないことだらけの世界。ところが問題を解決した気でいると完結してしまう世界。世界世界世界。うーん。こういう説明の仕方をするとつまらない書評になってしまうな。

    主人公の少年は困ったことが起きるといくつかの選択肢を挙げる。その中から熟考して最適な解を選んでいく。そうすることでうまく立ち回っていく。そのためなら多少の嘘もつく。しかし、まさに作中で語られるように、嘘はつくよりつきつづけるほうが難しい。万事うまくいったとしても、偽った自分の心とは関係なく世界がまわるようになってしまい、人はそんな世界に絶望してしまう。

    とまあ最後はそんな感じで盛り上がるのだが、ここまできれいに作っておいて、なんともとってつけた感があるのはどうしてだろう。主人公による一人称小説だから主人公自身の本心が伝わってきにくいのだろうか。私の読み込み不足か。エンディングの数ページを読んでも主人公は相変わらずの生活を送っているようだしどこがどう変わったのかよくわからなかった。結局かわらなかったってことなのか。ふーむ。

    病院坂が大いに動転するシーンもよくわからなかった。あれは主人公がわりあい突き放して分析しているように、その人の世界との関わり合いは他人にはよく分からないものなのだということをあえて描きたかったからなのだろうか。普段冷静沈着な主人公が狼狽するシーンも何かを表しているのだろうが私にはよくわからなかった。凡百の作家なら「自分を取り戻し始めた」とかなんとかつまらないことを言うところだろうが、作者はそういうつもりでもないようだ。

    人は環境によって多く作られる、みたいなこともちょろっと書いてあったのだが、だったら周りからの影響によって自分が形作られるというテーマもありそうなものなのに、そっちは書かれていなかった。たとえば具体的に言うと、妹との世界を大事にしている主人公なのだから、そういう信条自体が「妹への愛」という主人公の心を構成しているのではないか。だが主人公はそれを自分の本心とは離れたところに位置づけている。ちょっと小難しくなるが私の考えを西尾維新風に言うと、「偽ることそれ自体ではなく、偽っていると思うことこそが世界との疎外感を生む」のではないだろうか。

    殺人事件を扱っていること、それもモラルハザードを放置しているところは普通に考えると問題ありだと思うが、きれいにスルーしている。これは悪くないと思う。良くもないけど。にしてもやっぱり殺人事件って嫌だなあ。せっかく感情移入していった魅力的な登場人物たちが、殺されたり逆に殺す側にまわったりなんていうのは、やっぱり私の趣味には合わなかった。

    とまあ色々グチグチと言ってきたが、この作品を夢中になって読んで楽しんだことには変わりない。ちょっと厚くて高めの本だが、読み始めると止まらない。興味が沸いたら読んでみてほしい。クセのある作品だということをあらかじめ断っておく。

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