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    村上春樹 (講談社文庫)

    最高(50点)
    2009年2月13日
    ひっちぃ

    「羊をめぐる冒険」から帰還した主人公は、しばらくまともに生活しているかのように過ごしたが、自分がどこへも行けないという閉塞感に悩んだ末に、かつて「冒険」を勘の良さで導いてくれた女性キキの声に導かれるように、札幌のいるかホテルを目指す。世界的に高い評価を得ている村上春樹の精神異常を扱ったミステリー仕立ての長編小説。

    この小節のテーマは「現実を見失った人々(による現実回帰または破滅)」だと思う。

    まず主人公の異常性みたいなものが最初描写される。一人称小説なのでちょっと分かりにくいけど、札幌のドルフィンホテルで出会った受付の女性と親しくなったとき、自分は彼女のことを好きだろうとか、彼女も自分のことを悪からず思っているだろうとか独白するのだが、どこか自分の感情や相手について客観的に冷めた見方をしている。

    主人公のほかに、二人の魅力的な登場人物がやはり現実を見失っており、物語は主人公と彼らとの対話を中心に進められていく。

    一人は13歳の少女ユキ。有名な写真家と作家の両親を持っているが既に離婚しており、母親と二人で生活しているのだが、母親は芸術家肌でまるで子供のことを子供と思っておらず、なんと旅行先の札幌で娘のユキの存在をコロッと忘れて海外に行ってしまう。あとでそのことに気づいた母親は、ホテルに頼んで娘を東京に送り届けてもらうよう依頼する。主人公と親しくなった受付の女性はその役目を主人公に依頼する。こうして34歳バツイチで変人の主人公と13歳の少女の奇妙な取り合わせが生まれる。

    このユキがとても魅力的だ。有名人の両親を持っている上に整った容姿を持った彼女は、人づきあいが苦手なために手ひどいいじめを受けて学校に行っていない。性格はクールで、いつも洋楽をヘッドフォンで聴いている。そんな彼女に対して、変わった性格をした主人公は音楽を介して彼女と仲良くなっていく。ユキは大人びているように見えるが、親の役割を果たさなかった両親のもとで育っているために根元に大きな不安を抱えている。主人公は自分の問題を抱えながらも両親の代わりに主人公なりにユキと交友して愛を注ぐ。そしてユキは不思議な霊感を持っていて、それがカギとなって主人公の進む道が開けていく。

    もう一人は主人公の昔の同級生で一見平凡な二枚目俳優の五反田。かつての「冒険」を導いてくれた女性キキの姿を追ううちに不思議な偶然で五反田と結びつき、期待せずに彼に連絡した主人公のもとに彼から意外なほど好意的な返事がきて交友が始まる。学生の頃はその容姿と気取らない性格でユキとは正反対に誰からも愛されていて、常に光り輝き人々の輪の中心にいた五反田は、そんなこんなでついには俳優になり、誰もがうらやむ生活を送っていた。しかし実は…。

    この二人のほかにも魅力的な登場人物が何人か出てきて対話が面白い。特に個人的にはユキがかわいかった。それに五反田の人の好いところにも好感を持った。主人公だけでなく彼らにも物語があり、その行く末が語られたり暗示されたりする。劇的な展開があって非常に衝撃を受けた。

    ストーリーは主人公が女性キキの幻を追うミステリー仕立てで話が進んでいく。主人公の漠然とした想いが原動力となって進んでいくので釈然としない感じがしないでもないが、この得たいのしれない感情はそれなりに移入できる。

    とは言ってみたものの、ちょっと主人公の内的世界と現実をリンクさせすぎのようにも思った。もっとも象徴的なのがいるかホテルと羊男の存在だろう。この物語が主人公のものであることは確かなのだからそういうものだと思えば済むだけの話かもしれないが、近年オタク文化で流行っているセカイ系にも似た嫌らしさを感じる。

    題名にあるダンスとは、こう言っちゃっていいのかどうか分からないが、人の生き様みたいなものを喩えた言葉だ。どんなに現実を冷めた目で見ても、人は結局現実世界の中で踊り続けなければ生きていけない、みたいなことを言いたいのだろう。主人公は羊男の言葉に従ってうまく踊って見せようとする。その結果が最後で語られる。言ってることは突き詰めていけば色んな作品で語りつくされたことかもしれないが、異常な性格を持っていた主人公のたどり着いた結論という形でそれが示される本作品に私はとても感銘を受けた。

    私事だけどこの作品、友人から高校生のときに借りて以来15年ぶりぐらいに初めて手に取って読んだ。当時その友人が熱くこの作品の魅力を語っていたのに読まなかったんだよなあ。でも多分当時の私にはこの作品の魅力はあんまり理解できなかったと思う。私も少なからず主人公たちと同様に「現実を見失っ」ていたのだが、それをそれと気づくのはあとになってからだった。というより、むしろ主人公を通じてその友人のことを思い浮かべて懐かしくなった。もっと早く読んでいれば、私は彼のことをもっとよく分かっていたかもしれない。にしても、多分この本もだいぶ売れたのだろうから、世の中にはこういう悩みを抱えている人は結構いるってことなんだろうな。岸田秀みたいな精神病級の一部の限られた人間だけかと思っていたのだけど。

    大ベストセラーのノルウェイの森ほどには分かりやすくはないが、普通に読みやすいし登場人物に魅力があってかつ人間の深層にも迫ったとても素晴らしい作品だと思う。ぜひ読んで欲しい作品。

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