17歳のための世界と日本の見方 セイゴオ先生の人間文化講義
松岡正剛 (春秋社)
傑作(30点) 2009年5月30日 ひっちぃ
比較文化的な話から始まり、そもそも文化とはどのようにして生まれたのかを物語や宗教の歴史から説明し、では日本はどうだったのかというところまで解説した本。作者が大学生に行った講義をもとに書き起こされている。
最初、本書の続編「誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義」のほうに興味を引かれ、パラパラめくってみた感じでは世界史を分かりやすく面白く総括してくれているみたいだったので読んでみようと思ったら、その前に本書があるようだったのでこっちから先に読んでみた。
全部で五章に分かれていて、比較文化的なことから話が始まっている。つかみがうまい。ノックの仕方が日本と外国とで違うみたいな話から入り、生物とは何か、人間は他の生物とどう違うのか、そんな人間がどうやって文化を作ったのかというところまで話を進めている。大学の教養レベルの話なので、この手の話が好きな私からすれば既にどこかで聞いたような話ばかりであまり面白くなかったが、初めてこのような話を聞く人には良いと思った。
二章では物語と宗教について展開している。英雄譚には一定の形があって、今も昔もそれは変わらないこと、スターウォーズなんかはそれを見事に踏襲しているからヒットしたのではないかとのこと。神々の物語から宗教が生まれ、紛争とか民族移動とかでまとまっていった。宗教は世界観を示すコスモロジーであり、その点では理論物理学もその一つだということを最後に言っている。
三章はキリスト教に絞って話が進められていて、一つの宗教がいまの形になるまでの流れを分かりやすく説明している。三位一体説とか異端論争なんかは教科書に出てくることで、歴史の授業で勉強したときには歴史的な意義がよく分からなかったのだが、本書を読んですんなり理解できた。
四章は打って変わって日本の話になる。神と仏の争いの話は手塚治虫「火の鳥」を思い出した。神話の平易な解説から始まって日本の歴史の流れを追ってくれていて、要点がすっきりしていて分かりやすかった。貴族の文化から武士の文化が生まれたり、宗教の中から地に足をつけない比較的自由な人が生まれ、そこから芸人が生まれて芸術が発展していったなど。
五章はまとめの部分で、まず西洋世界に起きたルネサンスの動きについて解説している。ルネサンスとは暗黒時代に失われてしまったギリシャ・ローマ時代の文化を取り戻す運動であり、じゃあどこから取り戻したのかというと実は当時キリスト教世界よりずっと発展していたイスラム世界だったりする。そこから近代に至るまでどういう流れで思想が発展していったのかを駆け足で説明している。後半から同時代の日本についての歌舞伎などの芸能や花魁とかの風俗の話がされる。
講義を元にしていて、語り口が軽妙でユーモアも交えられており、とても読みやすかった。「17歳のための」とあるように高校生ぐらいのときに読みたかった。ただ、そのぐらいの年齢というのは、文化よりも純粋に戦争の歴史のほうに関心があるもので、文化というものに興味を持つにはまだ早いのではないかと思う。
新しい歴史教科書の運動とか米原万理とか色んな人が言っているように、日本の歴史の授業は本当につまらない。年号や人の名前を暗記させる前にやることがある。暗記の問題なんて教師が採点をラクにするためにやってるだけだろう。筆記問題だって結局は要点の暗記に過ぎないし。特に宗教関係のことがらがどうしても欠落してしまう。あまり主観的に触れてはいけないと考えているのだろうか。政治や紛争や学問や思想が宗教から生まれたこと、宗教は物語から生まれたことを本書は流れを追って分かりやすく説明している。本書を読んで私は特に目からうろこが落ちるほど感動したわけではなく、私にとってそれほど目新しいことはなかったのだが、作者の豊かで体系的な知識に裏付けられた説明を聞いて自分の考えが少し整理されたような気になった。無難な表現や解釈だとまったく伝わってこないからなあ。
批判もすると、先も言ったように本書は講義を書き起こしたものだから読みやすさは抜群なのだが、細かいところでやや散漫な点が見られる。また、ボリュームの制限で駆け足で物足りないところとか。作者は「編集工学」という独自の学問を作っているみたいで、所々断りと解説を入れつつ自分の言葉で説明している箇所がいくつか見られるのだが、本書の対象読者である若い人にはまったく不適切なので一般的な言葉だけで説明するべきだ。混乱の元になる。作者の大胆で思い切った解釈と共にこういう独自の部分には魅力があって良いと思うし、無難な表現や解釈だけだと無味無臭の教科書のようになってしまうのだけど。そう考えると、パウロはキリスト教の編集者だ、みたいな書き方は一番真実に近いように思う。
歴史の中の戦争だけでなく文化というものに興味を持てるような段階まで来た人にまず勧めたい。
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