全カテゴリ
  ■ フィクション活字
    ■ ミステリー
      ▼ OUT

  • 新着リスト
  • 新着コメント

    登録

  • OUT

    桐野夏生 (講談社文庫)

    傑作(30点)
    2009年8月11日
    ひっちぃ

    深夜の弁当工場で働く主婦四人組。それぞれの生活は家族との断絶や貧困による閉塞感で今にも押しつぶされそうだった。そんな中、ついに一人が夫を殺してしまう。奇妙な連帯感により彼女らはその殺人の隠蔽に協力することになるが、彼女たちに捜査の手が伸びる。1997年刊行、「このミステリーがすごい!」で年間アンケート国内一位を得た作品。

    私は基本的にミステリーは読まない人間なのだけど、アンケートだけは見た覚えがあったし、同じ作者による「グロテスク」という作品がそれなりに面白かったので、気が向いたら読もうと思っていた。ブックオフで文庫上下それぞれ105円だったので買って読んだ。

    たしかドラマ化か映画化もされた結構メジャーな作品。私はなぜかこの作品の筋書きについて勘違いをしていて、てっきり主婦たちによる胸のすくような痛快ノワール活劇かと思っていた。テレビドラマか映画の宣伝があまりにかっこよすぎたからかもしれない。

    だから読み始めてあまりの落差にびっくりした。とにかく暗い。解説で松浦理英子という人も言っているように、1997年時点ではそれほど言われていなかったワーキングプアの姿がここにはある。ベルトコンベアに乗せられてくる箱にまるでロボットのように手分けして機械的に分業してごはんを入れておかずをのせて弁当を作っていく作業をひたすら数時間続ける労働者たち。そこに狩り出されているのは、生活の苦しい家庭の主婦たちと、貧しい国からの出稼ぎ労働者たちだった。

    それだけではない。半分ボケて要介護でシモの世話までしてやっているのにツラく当たってくる姑を持つ女。風俗に入れあげて夫婦共同の貯金まで賭博につぎ込まれあげく逆切れされ暴力にさらされる女。あまり考えず渋谷でちょっとかっこよかった男を捕まえて尻に敷くが逃げられ、浪費癖で外車やブランド品のローンに追われる女。同居する大きな息子や夫と精神的に断絶してしまい、ほとんど会話らしい会話をしなくなった女。ツラいのに逃げる場所がなくひたすら耐えるしかない女たち。

    そんな彼女たちでも結束すれば物事がうまくいくかもしれないと思わせられるのだが、それぞれの身勝手や臆病や猜疑心により分裂し窮地に陥っていくのがやるせない。とにかくハラハラしどおしで、先が気になってどんどん読み進めていった。人間的なリアリティに満ちた描写とスリルある展開が素晴らしい。

    この作品と「グロテスク」しか桐野夏生の作品を読んでいないので傾向を断ずるには不足しているのだろうけど、階級的なものと外国人労働者が共通するテーマになっている。「グロテスク」ではお嬢様女子高でのヒエラルキーが描かれていたが、この作品では社会的最底辺層が描かれている。そして中国や台湾からやってきたホステスと、日系二世でブラジルで生まれ育ち日本とは血縁関係しかなく出稼ぎにやってきた男。彼ら外国人は結局今回も脇役に過ぎないのだが、ディテールで魅せて物語を彩っている。

    ただ、やはり最後が締まらないんだよなあ。今回はさらにおぞましさと訳の分からなさで一杯の拍子抜けなラストで終わり、残念に思った。なんとなくそんな終わり方を途中で予想できたし、これだけ展開で楽しませてくれたのだからもう満足しちゃったのだろう、そんなに不満は持たなかったけど、ただ残念に思った。四十超えたおばさんが全裸で廃工場で縛り付けられて行為させられ、あげく相手の男に奇妙なシンパシーなのか愛なのかを抱く、なんてのは一体どういう考えで描いたのだろうか。宮森カズオとの関わりもなんだかよく分からなかったし。まあ人にはそれぞれ論理というものがあって、それに従って生きている人たちの描写ということなのだろうけど。

    クラブで人気ナンバーワンの中国人ホステス安娜が、自分の世話をしてくれる女衒(女の手配屋)の佐竹に淡い恋心を持っていて、わがままだけど気を引こうとするところがかわいかった。暴走族上がりで街でサラ金を立ち上げて主婦たちと関わってくる十文字という優男もなんか妙に人間っぽくて魅力的だった。

    女衒の佐竹と言えば、作中で言うこんな台詞が非常に印象に残った。とにかく努力して努力して、それでもどうにもならなかったとき、人は初めて宿命というものを感じる、だったっけ。よく覚えてないやw どうにもならないものに屈する人間の姿は魅力的だと思う。佐竹の場合はそれが彼の変態性欲によるものらしいのであまり深く考えると微妙なのだけど。

    色々と面白い要素が詰まったこの作品なのだけど、その中で何が一番すごいかっていうと、やはり深夜の弁当工場で働いて職場でも家庭でも閉塞感に満ちた人生を送り続けなければならない人々の姿がズシリとくることだと思う。ワーキングプアがどういうものかドキュメンタリなんかで見て多少は知っていたのだけど、こうしてフィクションで深く描かれているのを読んで初めて息苦しさが伝わってきた。なぜこんな日本になってしまったのだろう、という最近私がよく考えるテーマについてもこの作品は新たにイメージとして私の中に加わった。それに、本当に信頼できる人間なんてほとんどいないのだということも。

    それと、コンビニ弁当に対する見方が変わってしまった。添加物をバンバン入れている描写はさすがになかったけど、書いてあればもっと良かったのに。

    (最終更新日: 2009年8月13日 by ひっちぃ)

    コメントはありません

    manuke.com