戦闘美少女の精神分析
斉藤環 (ちくま文庫)
まあまあ(10点) 2010年4月29日 ひっちぃ
アニメやマンガなんかによくある戦う美少女キャラクターが創作され消費される裏にはどのような深層心理があるのか、ラカン派の精神分析学を取り入れた精神科医が分析してみせた本。
この本の結論をはなっから言ってしまうと、戦う美少女キャラという刺激的なアイデアが創作者から創作者へと影響の連鎖という形で受け継がれていったからだと作者は言っている。じゃあなぜ多くの人々に受け入れられたかということで、ようやく作者の専門分野(?)である精神分析が出てくる。
その前に本書は六章構成になっていて、それぞれ違うアプローチで戦闘美少女とその受け入れ母体であるオタクの実像に迫っている。
一章はそもそもなぜ作者が研究対象としてオタクを選んだのかというところから語っている。精神科医仲間にオタクは多いらしい。そんな彼らに親しみを覚えたというのだが、オタクに対する距離感が妙でちょっといやらしい。この人の知識は立派にオタクだし、あとがきでも吐露しているのだけど、なぜかこの一章では自分がオタクであるとは書いていない。オタクという言葉の本書での定義を過去の文献から引いて説明していて序論的な章になっている。
二章ではなんとフィギュアでオナニーできると言っているほどのオタクからの手紙をそのまま載せている。この手紙はとても興味深かった。これをそのまま本書に収録したのは素晴らしい。後に出てくる海外のオタクの人からの手紙も含めて、作者は精神科医という職分をむやみに振りかざして人を安易に診断することなく、相手に敬意を払ってあえて余計なものを足さずにそのまま紹介しているところに非常に好感を覚えた。一方で、オタクは偉そうに上から目線で作品を語ったかと思うと一個人としての分もわきまえていてこれがある種の精神病的な症状に似ているものの少し違う、なんて分析してみせていてムカっとくるものの(笑)なるほどなと思った。
それはともかく、これらオタクの告白や、自分が商業誌に書いた作品のエロ同人を自ら書く漫画家の存在をもってして、オタクがセクシャリティ(性的なもの)と不可分であると結論づけるのはどうなのだろう。フィギュアでオナニーできるオタクってどれだけいるのだろうか。私にはこういう話を心から打ち明けあえるオタク仲間がいないのでなんとも言えないのだけど、これほどまでのオタクが多数派だとは思えないし、そもそもオタクがセクシャリティとくっついているとはとても思えない。少なくとも私は自分の大好きな作品はネタに出来ない。ただ、作者はそれなりに調査をしているのだから、私個人の思い込みよりは信頼できる調査結果なのだろうから否定できない。
三章は海外のアニメファンサイトの人たちに作者がいくつかの質問メールを送って返ってきた答えを紹介している。ちょっと英語が読み書きできれば誰にでも出来ることだと思いつつ、それをやってしまい紹介してくれる行動力には少し頭が下がるけれど、内容的には正直微妙だった。
四章はヘンリー・ダガーというアメリカの狂人とその人が残した作品について紹介している。自閉的な男が数十年にわたってペニスのついた少女たちの戦いをひたすら綴ったというのだから背筋が寒くなる。この人のもとに発現した一つの妄想は、全人類や各国の文化に根ざしたものの一部だとも言えるので十分分析の価値はあると思うのだけど、あくまでこの人特有の個人的な妄想から生じたものである可能性もあり、ここまで大きく取り上げるほどのものなのか疑問に思った。
五章は主に日本とそしてアメリカと一部ヨーロッパのアニメやマンガの系譜をたどり、戦闘美少女がどのようにして生まれ、どのように派生していったのかを駆け足で分析して説明していっている。アニメに詳しいある程度以上のオタクであれば誰にでも語れるような内容だと思う。
六章が本論(?)にあたり、精神分析の手法と過去の研究を引用して、なぜオタクは戦闘美少女に惹かれるのかを理論的に説明づけようとしている。まさにこの部分が本書の存在意義でありコアの部分だと思うのだけど、正直私には理解できなかった。フロイトに忠実であろうとしたラカン派の精神分析学の用語や概念や過去の研究を引用して説明している、とのことで、それによると戦闘美少女は「ヒステリー」化していて、でもって「ファルス」化するからこそ私たちは魅了されるらしい。うーん。
この人はちゃんと学問をしているっぽくて、これまでの他人の研究成果を積極的に引用して関連づけて自説を説明づけていて、そのやりかた自体は正しいと思う。自分は絶対に観念論者や唯幻論に陥らないぞと言っているのは方々への嫌味なんだろうな。でも、この本は普通の読み物なのに、私が読んでいてよく分からないのはいったいどうなのだろう。私や少数の人間だけなのか、それとも多くの人がそうなのか。もし結論がはっきりしていてそれが真実に近いのだとしたら、もっと分かりやすくなければならないのではないだろうか。相対性理論とかじゃないんだし、理論方向よりも具体的な説明が出来たはずだと思う。なんだか煙に巻かれたように感じた。
この本、精神科の医者が学問として書いたと思うから不満なわけで、アニメに詳しい人が書いたとだけ思って読めば、切り口がいろいろあって十分面白い本だと思う。ただ、もしそうだとしても衒学的なところが鼻についてやっぱりちょっと気に入らないかも。
解説を東浩紀が書いている。作者のことを先輩であり同士であると言っている。この人が佐々木敦「ニッポンの思想」でゼロ年代唯一の勝者だと書かれていた理由が分かった気がした。日本の思想家は俺様だけ正しい的な人や自分の周りのごく限られた人たちだけの内輪なノリが強い中で、積極的に人に価値を見出すことが出来る人なのだなと思った。なにせ素人のネット論壇をもちゃんと自分たちの周りに位置づけている。こりゃ人々から支持されるわけだ。身もふたもないことを言ってしまうと、そういうところも商業的に過ぎないのかもしれないけど。ちなみに、本書の作者の斉藤環がこんなことを言ってたよみたいなことを、以前私が2ちゃんねるに書き込んだところ、あいつはダメだとバッサリ否定するレスがついてびっくりしたことがある。
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