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  • 超訳『資本論』

    的場昭弘 (祥伝社新書)

    傑作(30点)
    2010年10月7日
    ひっちぃ

    共産主義を考え出したマルクスが、資本主義を分析して批判するために書いた歴史的大著「資本論」を、経済学の入門本としてというよりも、書かれた当時のイギリスの状況について描写された本として読んでいこう、といった観点が中心の本。

    そういえば私は大学の一般教養で経済学を取らなかったので、いままで「資本論」とかマルクス経済学とは無縁だった。適当に新書のコーナーを見ていたらこの本が目にとまり、分厚い割にそんなに高くなかったので衝動買いして読んでみた。

    原著を忠実に読み込むという姿勢が素晴らしいと思う。本に書かれている用語をそのまま使って解説している。今の言葉や考え方に噛み砕いていないので、マルクスが考えたモデルそのままが伝わってくる。なにごとも原典をあたらないとダメだとしたり顔で言う人がいるけれど、マルクス経済学について知りたいならば原典よりも解説本を読んだ方がいいに決まっている。それも、下手に海外の良書をあたって出来の悪い翻訳文を読むよりも、日本人の先生が書いた本のほうが分かりやすくていい(当たり外れもあるけど)。原典を読むことの利点は、書かれている内容よりも成り立ちとか時代背景なんかが透けて見えてみえることじゃないだろうか。

    さて本書なのだけど、経済学の素人の私が読んでも、マルクスの考え方の古さが分かる。使用価値と交換価値みたいな根本的なところは色褪せていなくても、労働力がどんな価値を持つのかとか、労働力が最終的にどのように商品の価値に転換されるのかとか、妙に物理的にモデル化しようとしすぎているように思えてならない。労働者が機械を使って商品を作る場合、作られた商品の価値はどこから来たものなのか、みたいなことを一つ一つ考えていっている。機械だって労働力によって作られたものなのだから過去労働なのだ、みたいにして議論が広がっていくのだけど、この観方をすることで何かがすっきり説明できたような気なんてしない。当時の自然科学のめざましい発展にあやかろうと社会科学でもシンプルな理論を追い求めたんじゃないかと思わせる「成り立ち」や、今と比べて当時の極端に悲惨な労働環境について当てはめてみたらこのモデルも有効だったのではないかと思わせる「時代背景」なんかが分かる。

    資本主義のなりたちについて、実際に起きた歴史的事実を暴き出しているところに一番衝撃を受けた。労働者は作り出されたのだ。最初はみな農民だった。耕す土地を持っていて自分たちだけで生活していけた。しかし権力者たちが農民を都市に追い立てて、資本家に従属して働かないと生きていけないようにした。国家によって農民が追い立てられた記録があるという。

    労働力の需要が高まると賃金も上がるはずなのだけど、その前に労働力というのは農村から狩り立てればいくらでも補充がきくので、労働者の待遇はどんどん悪くなっていった。いまの日本で言えば、中国人とかの移民を呼びまくるようなものか。とまあこのように現代の私たちの状況に置き換えて考えてみることも作者は勧めている。

    とはいってもいまさら自営農民で一体どれだけの人がやっていけるのか。トラクターにガソリンとか化学肥料に遺伝子組み換え種苗なんかを使っているから悪いんだと言ってみたところで、昔のような原始的な農業だと大変な労働になりそうだ。それに、みんなが自営農民をやってしまうと娯楽を提供する人がいなくなってしまう。やはり私たちは資本家のもとで働いて効率の良い社会の維持に貢献し、そのおこぼれにあずかって生きていくのが一番楽なのだろうか。脱サラして農業をやりたいという人がそれなりにいるようだし、さすがに現代では都市に追い立てるような暴力装置は働いていないので、都市での労働がイヤになったら農村に逃げることも出来るわけだけど、現代ではまた違った意味での強迫装置があって人々は労働に縛り付けられているように思える。本書の内容からは外れてしまうけれど、資本主義の原動力は男の性欲だという考え方もある。

    分厚い新書なのだけど、章や項の始めの表紙がやたら多くて白紙のページが目立つ。原典の章立てに合わせているのだろうけど、なんだかスカスカした感じがする。

    作者はドイツ語もフランス語も出来るみたいで、ドイツ語で書かれた原典のほかに、フランス語に訳されたものにもあたっていて、記述が異なるところがあってところどころで比較して解説している。フランス語版のほうが補記されていて少しだけ分かりやすいみたいだった。

    これでも分かりやすく書いてくれているとは思うのだけど、それでも難解で読むのに時間が掛かった。まだよく分からないところが結構ある。読者である私の責任以外にも、作者の説明が悪い部分もあると思う。商品を売って貨幣を得てその貨幣で別の商品を買う、というプロセスをW-G-Wと抽象化して説明をしている時点で、もうついていけない人もいるんじゃないだろうか。まあさすがにこれを噛み砕いてしまうとマルクスの理論を理解する意味がないのでしょうがない。

    良い本だと思うのだけど、読む人を選ぶと思う。経済学の勉強をするには向いていない本だし、「原典を読んだことがある」と自慢したい人にとって本書は読んでもしょうがない本だ。本書は、本当に教養が好きな人こそ読むべき本だと思う。

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