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  • 猫物語 (黒)

    西尾維新 (講談社BOX)

    傑作(30点)
    2011年3月5日
    ひっちぃ

    落ちこぼれ高校生男子の阿良々木暦が吸血鬼に取り憑かれたのを、学年一頭の良い女の子の羽川翼に救われてから少したち、今度は羽川翼が生い立ちに関わる不幸の穴に陥って猫の怪異に取り憑かれる。その道の専門家の怪しいおっさん忍野メメの協力を得て、阿良々木は彼女を助けようとする。「化物語」から始まる「物語」シリーズ六冊目。

    時間軸がややこしい。この作品で語られるのは、シリーズ最初の作品「化物語」で委員長ちゃんこと羽川翼がすっぽりと記憶を失っているゴールデンウィーク中の出来事だ。つまりまだ戦場ヶ原ひたぎその他シリーズの主要登場人物はまだ出てきていない。それを補うかのように妹二人がよく出てくる。

    作者がはっきりと暴走している。妹の一人がバールを振り下ろして主人公の阿良々木暦を起こそうとしたり、パンツネタで盛り上がったりと、妹のことなんか全然好きじゃないと言いつつ阿良々木暦がはしゃぎまくる。この部分だけで全体の四分の一ほどの分量がある。と自嘲的に地の文で説明するほど悪ノリしている。最初の巻からもすでにこういうノリは少しあったけれど、この巻ではメタな記述が露骨に多い。他作品に触れたり。

    そのあとやっと本筋に入り、羽川翼の不幸な生い立ちを知る展開になるのだけど、このノリはおさまらず、本来シリアスな展開になるはずの羽川の必死の願いを主人公が茶化し、それを羽川があきれて突っ込む。私はすごく面白いと思ったし、読者が本を閉じるのではないかと作者がこれまたメタに心配する記述があるのも作者の計算の上だと思うのできっと多くの読者も楽しめたと思うのだけど、きっと一部の人はあきれていると思う。

    その後、羽川が猫の怪異に取り憑かれ、別人格を持って街に潜伏し暴れまわるのを、怪異の専門家のおっさん忍野メメの協力を得て捜索して退治しようとするバトル物の展開になる。今度こそシリアスな展開になって決着して終わる。この作者のバトル物展開は例によって私には全然面白く感じられなかったけれど、ちゃんと戦術があって退屈ではなかった。

    読んでからしばらく経ってしまったので、もう一度パラパラと内容を確認して思い出しながらこれを書いているのだけど、ストーリー的には特に見るべきところのない作品だと思う。作者もたぶんそう思ったから飽きて最初茶化して書いたんじゃないかと思える。それでも、曲がったことがあれだけ嫌いな羽川翼が、自分の身に降りかかったシリアスなことについては「一度だけ」と必死になって曲げようとしたり懇願したりするところがとてもぐっとくる。

    本シリーズで一番の魅力だと私が思う対話描写、つまり登場人物の少女たちと主人公とのやりとりは、時間軸が「化物語」以前なので戦場ヶ原ひたぎも八九寺真宵も神原駿河も出てこないのだけど、代わりに阿良々木火憐と阿良々木月火が出てきて補っている。この二人、十分面白いとは思うけれど、私はそんなに好きにはなれなかった。なぜだろう。まず月火のキャラが弱いと思う。和服を着た文化系女子で、おとなしそうな外見に似合わず狂気を潜めていて時々暴走するのだけど、キャラづけが漠然としているのでもっと具体的な何かが欲しいような気がする。茶道部らしいんだけど活きてないような。そのことは火憐にも少し言えて、怪力で正義感があって兄にデレるのだけど、「そういう設定のキャラなんです」というだけの感じがしてあまり思い入れられなかった。「化物語」の主要登場人物たちには一つ一つ誰もが抱きそうな感情が埋め込まれているのだけど、この妹キャラ二人にはそれがどうも不十分なように思った。

    オタク系の作品というのは、多少不自然になってもこれでもかこれでもかと色んな要素を突き詰めた魅力がある。最近流行っている妹ものも、現実にいる妹なんて全然かわいくないのは重々承知な上で、「かわいい妹」幻想を膨らませて積極的に楽しもうという、ある意味粋な文化の上に成り立っている。だからそれにのっとって楽しむのが正しい読み方なのは十分分かっているつもりなのだけど、やっぱりどこか納得できないところがある。

    まあそんなわけでいくつか気になったところはあったけれど、作者の暴走が楽しい素晴らしい作品だと思う。

    (最終更新日: 2011年3月5日 by ひっちぃ)

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