放浪息子 10巻まで
志村貴子 (エンターブレイン ビームコミックス)
傑作(30点) 2011年4月5日 ひっちぃ
小学五年生の二鳥修一は女の子っぽいおとなしい少年だった。一つ上の姉や同級生の女の子たちがふざけて彼を女装させているうちに、いつしかそれは本気になっていき、姉は自分の好きな男の子を取られそうになり、同級生の女の子たちは彼のことを好きになり、少年は女の子になりたいと思うようになった。少年漫画。
最近アニメ化されたものを見て面白いと思って原作に手を出してみた。前に見たアニメ「青い花」と同じ作者だった。
まずいわゆる小学生編から始まる。アニメではバッサリ省略されていたので、アニメでは回想シーンとか過去の出来事とされていたことが語られていて、読んでなるほどなあと思った。この作品、扱っている内容や筋書きからするとあんまり劇的な展開はないので、小学生編をアニメでバッサリ削っていてもそんなに違和感がなかったのだけど、エキセントリックな千葉さんがどうしてあんな感じなのかアニメだとちょっと気になっていた。でもその気がかりが逆にストーリーに引き込まれるもとになった気もする。
この作品の一番の魅力は、やはり主人公の少年が女装をしてそれが通用してしまうところにあると思う。なんでそれだけで面白いのか理由を説明しろと言われてもちょっと困る。私はさすがに自分が女装してみたいとは思わないけれど、もし自分が女装も出来るほど中性的な体をしていたら女装してみたいと思うし、なぜ女装してみたいかと言えば男を魅了できるからだと思う。でもそれだけかと言われたらまだ理由がある気がする。逆に自分が男のまま美形になって女を魅了する方がいいような気がするけれど、それよりもやはり女装のほうが楽しいと思う。だますのが楽しいのだろうか。うーん。
ともかくこの作品を読むとそんな女装の楽しさを主人公の少年が代わりにかなえてくれる。特に、主人公の一つ上の姉がちょっとしたことで同級生の瀬谷くんを気にするようになったのだけど、瀬谷くんが学校の届け物を届けに家を訪問したときにたまたま女装中の主人公が出迎えて瀬谷くんが一目ぼれしてしまうところなんか、「女の子よりかわいい男の子」みたいなベタな面白さがある。もちろんこの作品はそれだけでは終わらなくて、姉が弟にやつあたりしたり一生懸命になったりするところがまたかわいくてよかった。兄弟姉妹のいる人にしか分からないだろうけれど、姉や兄ってこういう身勝手なところがあって懐かしく思う。まあ私は兄だったんだけどw
もう一人の主人公というべき高槻さんは、逆に女の子なのだけど男の子になりたいと思っている。この二人は性別を入れ替えてデートをするようになる。でも…。また、主人公の少年に横恋慕する千葉さんがそこに絡んできたり、主人公の少年以外に女装にあこがれる眼鏡坊主の少年が出てきたり、ただ単に変わった性格をしていて男の子の制服を着てくる女の子チーちゃんがいたりする。
で、結局この作品にはどんなメッセージがあるのか探ってみると、これがさっぱり分からない。主人公の少年はどうしたかったのだろう。作者は少年をどうさせたかったのだろう。主人公の少年がついに変声期を迎えることがほのめかされるのだけど、いやおうなく起こるからだの変化をどうするのか。メッセージ性があるから優れているとかそういうわけじゃないけれど、ひょっとしてこの作品はジェンダー(社会的性別)の問題を純粋にエンターテイメントとして扱っているだけなのだろうか?だとしたら逆に驚く。男女を入れ替える倒錯劇を作中で二回もやっているにも関わらず、ストーリーになにもドラマチックな展開がないところはどうなのだろう。
この作品には女装する女と男装する男が何人も出てくるけれど、なにかしらの答えを見つけたり答えを搾り出そうとしている人は誰もいないんじゃないかと思う。なるようになりましたって感じ?ひょっとして私は自分で思っているほどジェンダーの問題に興味がないのかもしれないからそう思うのかもしれない。この問題に悩んでいる人にとっては、この作品はなにかしら訴えかけてくるように見えるのだろうか?
と思わず疑問をぶつけてしまったけれど、私はこの作品がとても好きだ。魅力的な登場人物が多い。私が一番好きなのは主人公の姉かも。主人公の少年と同じ部屋で寝起きしていて、いつも弟に文句ばかり言って邪険に扱っている。意味不明な言葉を口にしながらハイテンションで部屋に入ってくるところがとてもウケた。こういう物語的に切り捨てられがちな日常の一コマが描かれていることに感動する。ごくたまに主人公の少年をかばってみたりするところとか。今日日の女子学生のあこがれのまとである読者モデルをやっている設定なのもいいなあ。まだ掛け出しなので偉ぶってないし。
千葉さんも好き。登場人物紹介でクールビューティと書かれているけれど、クールというかすごく攻撃的でクラスで浮いている。でも悪者じゃない。この作品には仲たがいが結構描かれている。正しい方と悪い方(勘違いしている方)みたいな線引きはあるけれど、悪い方がやがて改心するみたいな単純なものじゃなくて、正しい方が悪い方の気持ちを汲み取って互いに妥協を図っていくみたいな関係が多い。しかもそれがきれいにドラマチックなわけではなく、よくわからない強い気持ちみたいなものに引っ張られているだけみたいな語られ方なので、まあなんというか人によっては全然面白くないと思うかもしれないけれど、私はとてもリアルに懐かしく感じた。まあ結局最後は思ったことを正直に口にしちゃってリアリティはなくなるのだけど、そういう説明がないとますます話がわけわからなくなっちゃうからしょうがないか。
単行本の絵が水彩画的に崩れた感じになっているので、最初だいぶ手に取りづらかったけれど、アニメほどではないにせよ作中の作画はしっかりしているので問題なく読めた。絵もストーリーに引けをとらないほど魅力的だと思う。特に姉のショートボブと千葉さんのツインテールと末広安那の内ハネが。佐々ちゃんもかわいいね。弟から「かなぶん」と呼ばれてるとこがウケたw
というわけでこの作品は物語的には全然面白くないのだけど、登場人物の魅力とその時その時の展開をじっくり噛み締めるようなとても味わい深い作品だと思う。ただ、しばらくたつときっと私の心の中には残っていないような気もする。そのときはまた読み返して楽しめるからいいか。
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