これはゾンビですか? 10巻まで
木村心一 (富士見書房 富士見ファンタジア文庫)
まあまあ(10点) 2014年5月10日 ひっちぃ
高校生の青年・相川歩が夜コンビニに行くと、店の前で寂しそうに座り込んでいる少女がいたので、普段あまり積極的に女の子に話をしたりするような性格じゃないのに彼女を笑わそうとして楽しいひとときを過ごす。だがその後、彼は町中を歩いているときに誰かの悲鳴を聞き、正義感から駆け付けたところを連続殺人鬼に殺されてしまう。しかし彼は目を覚まし、そこにはコンビニで出会った寂しそうな少女がいた。その少女は冥界から来たネクロマンサーで、彼はゾンビとして蘇ったのだった。強力な魔力を持つがゆえに口にした言葉が現実となってしまうことから喋ることを厳に戒める無口な彼女が彼の家に居着き、彼は自分を殺した犯人を捕まえようとするのだった。ライトノベル。
2011年にアニメ化されたときに、面白いタイトルだなと思って見てみたらあまりにバカバカしい設定のいかにもアニメっぽいむちゃくちゃな話だったのであきれつつも全部見てしまい、アニメオリジナルかと思ったらライトノベルの原作があるというので、このでたらめな話が原作でどのように説明されているのか気になったのと、アニメだと主人公の周りにいる女の子たちが多すぎて一人一人の描写が物足りなかったので原作ではしっかり書かれているんじゃないかとの期待があって読んでみた。しかしその期待は裏切られた。
あとがきで作者が編集とのやりとりを書いていて、このむちゃくちゃな話が編集によっていかに拾い上げられて世に出たのかが分かるのだけど、この作品は一言で言うとB級作品なのだと思う。もちろん良い意味で。だから、世界観はいい加減だし、女の子たちが節操なく出てくるのだけど、妙に楽しい作品になっている。
夜のコンビニで出会った無口な女の子がなぜかネクロマンサー(死人使い)だったかと思ったら、学ランを着た動物たちの姿をした「メガロ」という存在が次々と襲ってきて、そいつを倒しに今度は「魔装少女」という魔法少女もどきがチェーンソーを持ってやってくる。主人公の相川歩はゾンビなだけでなく、「魔装少女」の魔力を奪ってフリフリの魔法少女ならぬ「魔装少女」として敵と戦うことになる。しかもそれだけに留まらず、「吸血忍者」という美少女集団が第三勢力としてこの世界に乗り込んでくるのだった。詰め込み過ぎ!
序盤こそゾンビならではの不死身ネタが少し出てくるのだけど、あとは単にバトルをダイナミックにするための材料にしかなっていないと思う。体の部位が千切れ飛んでも大丈夫だし、筋肉が引きちぎれる限界まで力を込めて攻撃することができるぐらいで、別に体が腐ったり鈍重だったりするわけではない。ゾンビ映画によくある諸々のネタはほとんどないので、ゾンビ映画が好きな人が見ても全然面白くないと思う。
この作品のウリはたぶん、ふざけ倒していることだと思う。最近のライトノベルは世界観が作り込まれていて、SFのような空想的な魔法や超能力や異次元の存在などが真剣に描かれていることが多いのだけど、この作品はそういう他のシリアスな作品をおちょくるかのようにヘンテコな設定がいっぱい出てくる。魔法少女の武器がチェーンソーって。男が魔法少女に変身するって。魔法学校の偉い先生とは携帯電話がつながっちゃうって。
しかし一方で「吸血忍者」のほうはあまり設定で遊んでおらず、妙に真面目に中途半端な設定を作り込んでいて、なんだか素人くさい感じがしてしまう。「忍者」なのにセラフィムだとかサラスバティとかメイル・シュトロムとか横文字のコードネームで呼び合っている。「吸血」なのはエネルギー補給の方法が独特だからで、なんとこいつらは人間じゃない。こんな設定にする必要があったんだろうかと気になる。
こういった危うい世界観で、じゃあどんな話が語られるのかというと、まずメインストーリーとして主人公の相川歩を殺した犯人捜しから始まる異世界大戦争があって、その合間に小物の怪物「メガロ」がたびたび襲来するのを撃退したり、異世界のヒロインたちと色々なところに出かける日常パートがあったりする。
メインヒロインは相川歩の家に居候している三人で、まずネクロマンサーのユークリウッド・ヘルサイズという無口な少女は、長い銀髪をした異国風の顔立ちでいつも甲冑を着ている。強力な魔力を抑えるために最低でもガントレットをはめていないといけない。おとなしい少女が鎧を着ているというのが面白い。強い力を持っているがために周りの人々から振り回されることが多い、一応悲劇のヒロイン的な立ち位置。でもお笑いにはうるさくて、家にいるときはお茶を飲みながらテレビでバラエティ番組をずっと見ているというわけのわからない存在。ほとんどしゃべらず、メモ帳をいつも持ち歩いていて瞬時に字を浮かび上がらせて意志の疎通を図っている。かわいいなりをしているけれどメモに書かれる文章は結構ぶっきらぼうなので、相川歩は頭の中でいつも想像力を働かせてかわいい妹風に読み替えているという悲しさ。というのは彼女が感情的になってしまうと周りが不幸になってしまうからで、本当は自分の感情に正直になりたいのに抑え込んでいてシリアスパートを担う一方で、シュールな無感情によるギャグパートも引き受けている。
「魔装少女」ハルナは、ホットパンツを履いた快活な少女で、「アホ毛」と呼ばれるアニメでよく使われる頭の悪いキャラのための記号を持っていて感情の高ぶり具合によりぴょこぴょこさせている。騒がしいキャラなのに、天才肌で他人にあまり関心を持たず友達がいなくて、しかし実は友達みたいな関係に憧れているというおいしいキャラ(?)。「魔装少女」の故郷では孤独に生きてきたけれど、この世界に来てからみんなを巻き込んでイベントを開いて盛り上げるようになり、相川歩がそれを暖かい目で見守るという。こいつは魔法少女なのだけど作中では魔力を相川歩に奪われたため変身せず、代わりに相川歩が男なのに魔法少女の格好をして戦う。底抜けに明るいけれど自分のふがいなさで落ち込むこともある。
最後が「吸血忍者」のセラことセラフィムで、こいつはとことんツンなキャラで、いつも相川歩のことを言葉で罵倒している。刀で戦うのがメインだけど、葉っぱを操って手裏剣のように相手を切りつける技も持っている。「吸血」なのはエネルギー補給を血で行うからで、そのときに百合っぽいシーンがあるのだけど、作中ではあまり出てこなかったので比較的どうでもいい設定っぽい。ナイスバディの持ち主だが、料理が殺人的にヘタで、ゾンビになった相川歩を意識不明にさせるほど。
この三人が相川歩を巡って恋の鞘当てをするのかというとそんなことはまったくなく、普段は妙に息が合って相川家の茶の間のテレビで仲良くくつろいでいて、相川歩のことなんてどうでもよく暮らしていてウケる。代わりにサブヒロインが何人かいて、相川歩に対してアプローチを掛けてきたりひそかに想っていたりする。なんか面倒になってきたし、これ以上書いてもしょうがないので、他の登場人物などの説明は省略する。同級生のエロ男子やさわやかイケメン苦労人などの男キャラも出てくる。
メインストーリーが読んでいて退屈だった。世界観がいい加減(にしか思えない)なので、その上に色々と込み入った展開があっても気持ちが入っていかない。この作品の世界観って実は結構作り込まれていて、ちょっとネタバレになってしまうから詳しくは書けないけれど、大きく二つの世界があってさらにその中にいくつかの組織があってその中にも派閥があったりして、造反劇があったり過去の因縁があったりする。でもそれらの主体となるキャラがみんなふざけているので良くも悪くも台無しになっている。シリアスとコメディとがあまりうまく使い分けられていないように思った。特に「夜の王」編はつまらなかった。あとシリアスな話のときは戦闘シーンが長く、いろんな趣向はあるのだけど総じて面白く感じられなかった。
ヒロインたちのデレにあまり魅力を感じなかった。この作品に出てくるヒロインは普段基本的にツンで、たまにデレるのだけど、その切り替えに連続性が感じられず、不自然な感じがする。デレるのはあくまでサービスだからとばかりに、その後の展開には何の影響もなく新しい話が始まる。ラブコメってやっぱりなんらかの進展があって一進一退があるからこそ面白いんじゃないだろうか。
というかヒロイン自体にさほど魅力を感じられなかった。この作品に出てくるキャラクターのフィギュアがあっても、たとえ仮に投げ売りされていたとしても欲しいとは思えなかった。いろいろと作り込みが甘すぎるように思う。
じゃあなんでこのシリーズを10冊も読んでしまったのかというと、どうでもいいので気楽に読めたというのが大きな理由なのだけど、ゆるい世界観が心地よかったのかもしれない。ラブコメに進展がないというのも、重くないから主人公が悩まずにすみ、心地いい距離感で愉快な日々を楽しむことができていい。邪険に扱われる主人公が愉快だし、やりとりが小気味いい。
いま思ったのだけど、ちょうど正反対に位置する作品が平坂読「僕は友達が少ない」だと思う。登場人物はあざとすぎるほどに作り込まれ、ヒロインとは少しずつ進展し、重苦しいシリアスな展開になったりもする。これはこれで大好きだけど、これが理想かというとそうではなくて、じゃあなにがいいんだということになる。
この作品は、ぶっとんだ世界観に覆われているので分かりにくいけれど、美少女たちとのどうでもいいやりとりが魅力なのかもしれない。作者はあとがきで、この作品に出てくる登場人物やエピソードは自分の現実の交友関係をもとにしていると書いている。そう聞くとなんだか納得がいく。モテる男でない限り、女友達とはそうしょっちゅう恋愛になったりしないだろうから、たぶん色々と振り回された経験をもとにしているのかもしれない。そういった現実的なエピソードの上に、ライトノベル的な創作を盛っているがために、ヒロインのデレが一時的で作為的に感じられるんじゃないかと思った。あくまで勝手な想像だけど。
そんなわけで、はっきりと分かりやすい記号的な作品が好きな人には勧められないけれど、作り込まれた作品に飽き飽きした人、突拍子もない世界観に魅力を感じられる人には勧められる。と思う。でも、そうじゃなければ、他にもっといい作品はいくらでもあると思う。
そうだ、すっかり忘れていたけれど、アニメ版の二期のエンディングテーマがものすごくいい曲で、自分がいままでに聴いたアニソンの中でも一二を争うほど良かった。非常にノリのいいロックで、ギターがとても気持ちいいし、フルバージョンだとベースソロもある。作ったのはmanzoという人らしい。一期のほうの曲もカップリングやカバー曲も含めて全部素晴らしかった。
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