冴えない彼女の育てかた 6巻まで
丸戸史明 (KADOKAWA 富士見書房 富士見ファンタジア文庫)
傑作(30点) 2015年1月3日 ひっちぃ
アニメやゲームが大好きな勤労高校生・安芸倫也は、坂道の上で真っ白な服を着た幻想的な美少女と衝撃的な出会いをした…はずだったが、実は彼女は同じクラスにいた特に目立たない女の子だった。あのとき感じたはずの運命的な出会いのときめきを現実にするため、彼はオタクなりの方法としてギャルゲーの制作を思い立つ。ライトノベル。
ライトノベルの傑作を片っ端から読んでいこうと思っているのだけど、読むものが決まっているとなんか読む気になれなかったので、見るからに面白そうな題と表紙の作品を適当に眺めていたらこれが目に入ったので読んでみた。そうしたら作者があのWHITE ALBUM 2のシナリオライターの丸戸史明のライトノベルデビュー作だった。多分無意識に選んだんだと思う。でもって今春アニメになって放映される(のであわててこれを書いている)。
題にある「冴えない彼女(ヒロイン)」というのがその運命的な出会いをしたはずだった彼女こと加藤恵という女の子で、こいつは例によって美少女ではあるのだけど、まるでオーラがなくてクラスでも空気扱いという設定になっている。なぜそうなのかというと、もったいぶったところがなくて気安い性格をしていて、いわゆるモテ要素が欠如しているから。主人公の安芸倫也というオタク少年はそんな彼女を見て、オタク的なノウハウで彼女をプロデュースするのかと思いきやさすがにそんな気も度胸もなくて、彼なりに彼女をモデルにしたギャルゲーつまり女の子を扱ったゲームを作ることを思い立つ。
でそのために彼のよく知る二人のクリエイターに助けを求めるが、いままで創作物を消費するだけで自分で作ったこともない彼のいい加減な計画と過去の因縁によりけんもほろろに断られる。熱意だけが空回りする状況の中で、ゲームの中のヒロインの人物造形を深めるために没個性な加藤恵を色々引っ張りまわすのだけど、こいつはことごとくフラグクラッシャー(ときめきとは無縁)なのだった。一巻はそんなこんなでわけが分からないうちに加藤恵がちょっとだけ安芸倫也に歩み寄って終わる。
この加藤恵という空気ヒロインが本当に微妙というか、作者はベテランエロゲーシナリオライターなので当然あえて微妙に描いているのだけど、こいつだけが異質すぎて良くも悪くも作品の中の特異点になっている。サブカル(オタク)方面の作品に出てくる女の子というのは感情が豊かで、ちょっとでも恋愛や助平をほのめかすとすぐに照れて反応するものなのだけど、加藤恵は安芸倫也の言うことを一応ためらいながらもほいほいオッケーしてしまう。確か再会して一週間ほどで普通に安芸倫也の家に行ってゲームをさせられて徹夜したりする。あまりに気安いので安芸倫也のほうが戸惑ってしまい、こんなのヒロインじゃないと悩む。頼み込めばやらせてくれるんじゃないかと思ったりするところがウケた。
どうすれば自分の理想とするヒロイン像に近づいていってくれるのか。日テレのドラマ「野ブタ。をプロデュース」(原作:白岩玄)みたいな引っ込み思案の女の子を人気ものにしようとする話ではなくて、一人のオタクの妄想と願望がブラックホールのように一人の女の子に吸い込まれてしまうという一種のコメディになっている。最後は一応その彼女が何かを感じ取って行動して終わるのだけど本当にそれだけ。第一巻は本当にこれでいいのかと思った。まあちゃんと魅力的なサブヒロインがいて作品を引っ張っているので萌え要素的には特に問題はないのだけど。
第二巻では女子高生で作家デビューしているという黒髪ロングの変わった先輩女性・霞ヶ丘詩羽がフィーチャーされる。一巻では安芸倫也に対してボロクソにけなす役割しか持っていなかったのだけど、二巻では二人の過去の因縁が描かれる。こいつはとにかく口が悪い。安芸倫也に対してやたらと絡んでくる。自分は安芸倫也に捨てられた女なのだと冗談めかして言っていたのだけど、その真実がようやく明かされる。
正直言うと一巻が微妙だったので二巻を読んでやっとこの作品を読み続けようと思えるようになった。でも二巻も盛り上がるものの、こうして振り返ってみるといまいちよく分からないような。ゲーム作りに参加してくれることになった霞ヶ丘詩羽なのだけど、出来上がったプロットを見て安芸倫也はちょっとすっきりしないことがあって、よく分からない理由でダメ出しをする。別にダメ出しぐらいどうとでもないか、逆に怒って言い返してもいいぐらいなのだけど、霞ヶ丘詩羽は気持ちを高ぶらせながらも沈んでしまう。なぜかというと、一年前のある事件と重なっていたから。そこについて一応の和解をするのがこの巻なのだった。霞ヶ丘詩羽の心情がはっきりとは描かれないので、ここをどう読むかで面白さが変わってくるのだと思う。自分はちょっとジンと来たけれど微妙に感動しそこねた。彼女の想いが作家の行動として表わされていたのがいまいち共感できなかった理由だと思う。
三巻では絵師つまりイラストレーターとして、幼馴染で日英ハーフの金髪美少女である澤村・スペンサー・英梨々がフィーチャーされる。一巻で表紙になっていたように実質的なヒロインはいまのところこいつなんじゃないかと思う。実はこいつは隠れオタクで、学校内では美術部に属していて生粋のお嬢様としてみんなのあこがれの存在でいるのだけど、実はコミケ(コミックマーケット)でエロ同人誌を出している純粋培養のオタク。安芸倫也がオタクになったのはこいつの両親の影響が大きかったという。ギャップ萌え?
この英梨々と詩羽の二人のサブヒロインがとにかくいがみあうのが面白い。二人がゲーム作りに参加するようになってから、放課後に学校の視聴覚室で活動することになるのだけど、距離を置いて一人は窓際で一人は廊下側でそれぞれの作業をしながら会話に口をはさみあっていつのまにか大ゲンカになっているという。まあなぜ喧嘩するのかというと安芸倫也をめぐるハーレムがあるからなんだけど。詩羽が英梨々のことを「柏木・スパイダー・きらり」と称して自分のふざけたプロットに登場させてコケにしまくるのがすごく面白かった。
ここまで安芸倫也と英梨々とはケンカしながらもなんだかんだで仲がよさそうに見えたのだけど、実は二人の間には数年間の断絶があっていまだに仲直りしていないのだった。ケンカしていても学校のロッカーを利用してDVDなんかを貸し借りしあっているのがウケる。三巻ではなぜその喧嘩が始まったのか、それと二人が内に秘めていた想いが打ち明けられる。そして当面のライバルが現れる。安芸倫也にも、そして英梨々にも。この巻での英梨々の人間くさい行動と感情がすごく心に響いた。
四巻では音楽担当の氷堂美智留というヘソ出しリア充な従姉妹が登場する。こいつは安芸倫也とすぐにスキンシップをするけれど特に男女を意識していないという天然キャラ。この巻はゲームに関心のないこいつをいかに引き込むのかという話になっている。それなりに面白いけれど別にどうでもいいので省略する。
五巻は詩羽フィーチャー第二弾。出来上がったシナリオを試しにスクリプトに組み込んでプレイしてみたら全然面白くないことに気付いて安芸倫也が詩羽にダメ出しをすると同時に新たにもう一本の枝分かれシナリオを書いてくれと言う。でもどう考えても時間がないので、詩羽指導のもと安芸倫也が自分で書く羽目になる。ここで安芸倫也がプロデュース(人集め金集め)やディレクション(方向決め)だけでなく実際に創作物を作る側として仲間入りすることになり、二人との間に深い結びつきが生まれる。とにかく展開が熱くて良かった。
六巻は順番なのか英梨々で、三巻で残ったわだかまりが爆発する。安芸倫也が幼馴染の英梨々に対して押し付けていた身近な存在としての像だか枠だかを自覚し、自分が彼女を縛り付けていたのだと意識する。つまりこれは彼が彼女を特別だと思っていたことが明らかになったわけで、ついに本命フラグ来たか!?と思ったのだけど、留保されるのだった。で最後に加藤恵が本当に怒って次巻へ続く。
七巻も出ているのだけど、第二部突入っぽいのでここまでにする。
ベテランシナリオライターが描いた作品だということが分かったせいか色々邪推してしまうのだけど、こうして振り返ってみると本当に巧いとしか言いようがない構成に驚く。二大サブヒロイン(?)との展開を段階を踏んで計画的に進めているとしか思えないし、その間に従姉妹や妹キャラ(ただし他人の)とか押さえてるし。まあそんなに魅力的ではなかったけれども。
作者の丸戸史明は、WHITE ALBUM 2というエロゲー(+ギャルゲー+アニメ)のシナリオをやっていた人で、二人のヒロインがドロドロの恋愛を繰り広げるという話を描いていた。多分作中に出てくる詩羽のデビュー作「恋するメトロノーム」の原型だと思う。たぶんこの「冴えない彼女の育て方」はラブコメなのでドロドロにしても悲劇にはならないと思うのだけど、登場人物たちの感情の高ぶりはとても読み応えがあってよかった。
ただ、なんかちょっと物足りなさを感じてしまったのも確かだった。その理由は一言で言えば、この人はベテランのシナリオライター(脚本家)ではあっても小説家としてはデビューしたばかりだからだと思う。作中で作者が言っているように、プロの小説家がそのまま小説を書くようにゲームのシナリオを書いてもダメで、ゲームを面白くするシナリオにはちゃんとやりかたがあって小説とは多少違っている。そんなことを百も承知で作者はこの作品を描いたのだと思うけれども、やっぱり至っていないのではないかと思う。その原因は良くも悪くも余裕だと思う。小説なんていうものは一冊だけ描いた作品がその人の最高傑作になるようなことも多いし、デビュー作よりも面白いものが書けなかった人なんて五万といる。そんな重要なデビュー作である一巻が大して面白くなくて完成してもいない点からもそれは言えると思う。
もっとも欠けているのは、主人公である安芸倫也の想いがあまり描かれていないからだと思う。こいつは加藤恵と出会ってゲームを作ろうと思い立った。なぜか?これはあくまで自分の想像だけど、現実世界にうんざりしていたのだと思う。アニメやゲームのオタクというものは二次元の世界を愛するものなのだけど、それはなぜかというとそこに理想の世界があるからで、現実の世界にはないものを追い求めているからだ。たとえ現実の世界にあったとしても自分の手には届かないものだと思っていた。そんな彼が一瞬夢を見た。そしてその夢を結局ゲームにしようとするという倒錯ぶりはどうしようもないのだけど、それはあくまで二次的なものであって、加藤恵と過ごしていると自分のもとにも何かが起きるのではないかと思っていたのではないだろうか。
というのはあくまで一例なのだけど、要は主人公がどういう想いに突き動かされているのかという内面描写が決定的に足りていないからじゃないだろうか。読者というのはそんな主人公に自分と同じような面を見て感情移入して作品を読むものなのだから。そしてそれこそがゲームのシナリオライティングにとって比重の軽いものだろう。プレイヤーは主人公の分身となってゲームの中のヒロインの物語にコミットして楽しむけれど、決して自分自身の物語を語らない。そりゃそうだ。
あー、でもこの人はそういう大事なものはあとの巻にとっておいているだけなのかもしれないなあ。
そんなわけでアニメと続刊が楽しみなのだった。
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