検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む
倉山満 (光文社 光文社新書)
まあまあ(10点) 2015年4月4日 ひっちぃ
江戸時代の幕藩体制から明治維新で明治新政府が生まれ、幕府に代わり全国からお金を集めて日本という国の統一的な意志で予算を組んで効率よく使うために作られた大蔵省が、憲政の中で国内外の政治や戦争にもまれながら最強の官僚組織として国に大きな影響を与えるようになった歴史を紐解いた本。
作者は憲政史家の倉山満。YouTubeにアップされているChannel Grand Strategy「じっくり学ぼう!日本近現代史」の特に講師・倉山満の話が面白かったので、この人の著作を三冊買って読んでいたのだけど、この本だけトイレに入れていたので読み終わるのが遅くなった。
この本を読んで良かったなあと思ったのは、やはり政治の話を抜きにしてはこういった組織の成り立ちや動きは分からないんだということ。江戸時代の日本は大小いくつもの藩が独立国のように存在していて、それぞれが税を集めて予算を組んで執行していた。しかしそれでは外国の勢力とやりあっていくことが出来ないので、危機感を持った志士たちが幕府を倒して明治新政府を作った。で当然のことながら税は国で集めて国でまとめて軍艦やら大砲やらを買ったり作ったり殖産興業に投資していくのだから、一つに集めて管理する官庁が必要になる。そこで生まれたのが大蔵省だった。少なくとも大蔵省については誰か権力者の意図というより必然的に生まれた組織であると言える。
しかし一度生まれると組織というのは生き物なので自分を維持拡大するために動くようになる。東京大学というのは実質的には官僚養成専門学校で、卒業すれば無試験で高級官僚になれたらしい。それでは不公平だというので官僚になるための試験が導入されたのだけど、東大法学部の試験問題をそのまま流用したので結局前と変わらなかったのだという。幕府がなくなって士農工商の身分制度がなくなっても、こうしてなんだかんだでまた別の身分制度が出来たのだと言っている。
まあちょっと社会に出れば分かるけれど、建前上自由な競争が行われている民間企業の入社試験だって古い企業ほど身内びいきだし、怪しげな特殊法人に入って安定した高給を得るには一般には公開されていないルートしかないし、経営者と労働者とが対等なのは契約関係だけの話で藩に奉公する武士と実質的に変わりない。
大蔵省の役割は大きく二つあって、税としてお金を集める主税局と、使い道を決める主計局がそれぞれ担当している。最初は税金を扱う主税局が強かったのだけど、だんだん予算を握る主計局のほうが強くなっていく。というのは、明治維新後の混乱が収まると税金を集める方はそんなに苦労しなくなって、そうなってくると当然のことながら使い道を決める主計局のほうが権力が大きくなる。まるで家庭での父親(収入源)と母親(家計担当)の関係のようだ。もちろん税のほうも依然として大きな権力であり、官僚の意に従わない民間企業があると大蔵省の勢力下にある国税庁が調査に入り、難癖をつけられて屈服させられる。今の財務省から税を扱う部分を分離して、年金などの社会保険料の徴収と合わせて「歳入庁」として独立させる政治的な動きもあるのだけど、当然のことながら自らの権力を手放したくない財務省はあらゆる手を使って阻止しようとする。
じゃあ歴史的にも大蔵省は最強じゃんと思うところだけど、必ずしもそういうわけではなかったと筆者は言っている。その最初の例として、いくら大蔵省が予算を組んでも帝国議会で衆議院が可決しない限り認められなかった。こんなものは形骸化していたと言われているけれど、ちゃんと調べてみると大蔵省は大蔵省で政治に振り回されていることが分かる。現に金融庁が大蔵省から分離したし、日本銀行も独立性を増した。一方で、軍事予算についてはイメージと異なり大蔵省のほうが軍よりも強かったらしい。いちいち要約して説明するのも面倒なので、あとは本書を読んで欲しい。
戦後に入ると筆者の語りが活き活きとしてくる。この人は憲政史つまり王権などではなく憲法のもとで行われる政治の歴史についての専門家なのだけど、それ以前に戦後政治家がめっちゃ大好きな人で、学生時代は田中角栄などの政治家の物まねばっかりやっていたらしく、まるで政治記者みたいに個々の政治家の発言だとか自民党の権力構造と力学を解説してみせる。本書でもそれに近いノリで政治家と大蔵官僚の政争を語りだす。すっかりこの人のペースに飲まれただけなのかもしれないけれど、政治というのはここまで把握しないと本当のところは見えてこないんだなあと思った。この人はまるで見てきたことのように語っているのだけど、これこれこういう本に書いてあるとか手記で本人が言っているだとかちゃんと参考文献を示している。また、文献があっても必ずしも信用できるわけではないことを多方面の資料から分析してみせている。
親米派と親中派に分かれて綱引きが行われたということも書いている。アメリカや中国の意のとおりに動いている人々がいて、もちろん彼らは単なる小間使いなのではなく、自分たちの利益のために大国の力を利用している。あまり細かい点については証拠がないけれど、自民党がCIAの資金によって生まれたのは確かだし、田中角栄が中国の力を利用していたのも事実なのだと思う。
さて、筆者は最初に問いかけとして、なぜ財務省はいま増税するのか?増税というのは大蔵省の伝統ではありませんよ?と言っている。財政で困ったら金融緩和というのが正しい道なのだと。この本(の大部分)が書かれたのは民主党の野田政権が誕生する前の話なので、今の安倍政権は金融緩和をしているのだけど、同時に増税も行ってしまったのでまだこの問いかけは生きている。果たしてなぜなのだろうか?
世間ではこんな説が信じられている。財務省では増税を実現できた人ほど功績が大きいと評価されるのだと。組織というのは妙なもので、あまり合理性のない尺度で物事が測られることがあるので、この説自体はそれなりにありえる気もする。しかし今の花形部署は主税局よりも主計局なのだし、むしろ予算で大きな影響力を行使した人こそ評価されそうな気がする。そうすることで自分たちの身内を天下りで肥やすことが出来るし、組織自体も大きくて強くなる。そう考えると、増税という形だけのものに一体なんの価値があるのだろう?増税したからといって必ずしも税収が増えるわけではないのだから。それに経済が停滞することで税収はどんどん減っていってしまう。
これも政治家との戦いの一幕なのだろうか?
政治家というのは、民主党のように自治労といった官僚組織の中の労働組合の支持をバックにしている人もいるけれど、多くは民間企業からの献金や選挙協力を背景にしている。そのために国の予算を積極的に民間企業にバラまいている。公共事業や特定の企業に有利な立法なんかで。そしてそれは今の日本では限界に達しており、日本の借金はGDP比で200%を超えている。今の政治家にはこの借金をなんとかする動機づけに乏しい。借金ですら国債で運用している金融機関を儲からせているのだから。財政を押し潰す社会保障費も医療・薬品業界がバックにいる。一方の官僚もまた、多くの民間企業に天下ったり特殊法人を増やしたりしてぶらさがっている。世代間格差により少子化が進み、日本という国自体が存続の危機に近づいていっても一向に変わる気配がない。
「増税」というのは政治家が行うことだ。だから、増税によって官僚が政治家に圧力を掛けているのではないだろうか。政治家は一応選挙によって国民の審判を受けるので、増税によって落選の危険が高まる。つまり、財務官僚にとって増税とは、税収によって自分たちの利益を保ちつつ、敵対勢力である政治家に対する攻撃にもなるという一石二鳥の方法なのだ。しかし私たちはなぜか、財務省が増税を推し進めているのだと思わされている。それに加えて、公務員の給料は高すぎるだとか、無駄な特殊法人が多すぎるとか言われているが、それこそ政治家による巧妙な印象操作なんじゃないだろうか。印象操作っていうかもちろんこれらも事実なのだけど、こっちに焦点を当てることで民間企業からの政治家への便宜供与を国民の目から逸らしていると言えるんじゃないだろうか。そもそも消費税を増やすのに法人税を減らすのでは完全に政治家を利しているとしか思えない。
このような例は過去にもあった。厚生官僚がグリーンピアなどの保養施設を作りまくって天下り先を確保するなど好き放題に使ってきた年金資金も、小泉がこの仕組みをぶち壊して国内外のファンドで運用することになった。その中には外資もあったので「国民の資産を外資に売り渡した」などと言われたけど、厚生官僚のように無駄遣いするのでなく、単に運用するだけだ(まあ手数料を取ったり巨額の資金を動かすこと自体による利益もあるし資産が目減りする可能性もあるのだけど)。普通に考えると外資から政治資金を受け取って実行したと考えるのが自然であり、官僚が政治家に敗れた例だと思う。
そしていま、金融緩和が多くの国民の生活にとってあまり意味のないものになっている現実がある。これについての答えはさすがに本書には書かれていないので、最近の著作なりYouTubeの筆者のチャンネルを見るなりするしかない。実際どうだったのかは、数十年後になって振り返ってみれば分かるのかもしれない。それまでは記録も公開されないだろうし。筆者が言うようにそれまで待つしかないんだろうか。国際ジャーナリストの田中宇は日本の金融緩和がアメリカの指図で行われていると言っているのだけど、だとしたらアメリカの力を利用して自らの地位を保っているのは一体誰なのか。
ちょっと本書に書かれている内容から外れてしまったけれど、他の点と同じように「増税」についてもこれくらい踏み込んでほしかった。あと、ほかにも書くべきことがいっぱいあったんじゃないかと思う。財務省の勢力範囲がどのくらいなのか、傘下の公官庁や外郭団体、一般会計だけでなく特別会計の数々、そして政治家と戦うために今までどんなことをやってきたのかもっと説明してほしかった。
まあともかく、政治的な視点がとても勉強になる一冊だった。
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