重力とは何か―アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る
大栗博司 (幻冬舎 幻冬舎新書)
傑作(30点) 2015年9月6日 ひっちぃ
身近に感じているけれどよく分からない「重力」について考えることを切り口に、物理学の最先端を解説する。知的好奇心が旺盛な一般人向けに書かれた新書。
数学者になって海外を飛び回っていた友人が、なぜか理論物理学の超弦理論(を支える数学)を研究していて、そもそも「重力」が分からんと言ったらこの本を勧めてくれたので読んでみた。
三百ページ近くあるこの分厚めの新書の結論を一言で要約すると、アインシュタインは重力を時空の歪みで説明しようとしたけれど、突き詰めていくと重力とはもっと根源的な物理現象の一つの見え方であり幻想であるということ。そしてその統一理論つまり一般解として有力視されているのが超弦理論なのだということ。
まあこの要約を読んだって訳がわからないだろうから三百ページ読まないといけないわけだけど、自分が読んで理解したことをここに簡単に説明したいと思う。
たとえば二人の人間がいて、東西に1m離れたところにいるとする。この二人が北に向かって歩くとどうなるか。北極に着く。いや海があるから着かないか(笑)。…そういうことじゃなくて、最初は1m離れていたけれど、北へ歩くに従って二人の距離は縮まっていく(精神的にじゃなくて)。重力もこれと似たようなもので、二つの物体が時間方向に進むに従って距離が縮まっていく。それを私たちのいる三次元空間+時間の世界で観察すると、二つの物体が引かれていくように見える。
空間はともかく(?)時間なんて歪むはずないじゃん!って思うかもしれないけれど、もう私たちの身近なところで時間の歪みは観測できている。それがGPSによる位置情報測定にすでに活かされている。相対速度がかけ離れたものは時間の進み方がズレるから高速で動いている人工衛星では地表より時間の進み方が遅いというのが一つで(特殊相対論)、もう一つは地球の重力は距離に反比例するので地表よりも重力の及ばない人工衛星のほうが時間の進み方が早いというのが一つ(一般相対論)。GPSはこれらの時間のズレを計算に入れないと正しい位置情報が測定できないそうだから、この理論は実証されていることになる。ちなみにこの話はテレビ朝日「しくじり先生」でオリエンタルラジオのあっちゃんも言っていた。
でもまあそれはあくまでアインシュタインの見方なわけで、最新の物理学である量子力学との整合性を考えていくと、説明が出来ない場合が出てくる。本書の後半では、ブラックホールをどうやって説明するのかという問題を解いていく中で話を進めていく。ここから先は要約しても分かりづらいので省略するけれど、色々と考えていくとこの世界が十次元で出来ているとするとうまく説明できるんじゃないの?と「超弦理論」なる理論に行き着く。
なぜいきなり十次元なのかというと、そこまで次元を増やすことで初めて一つの法則で様々な事象を説明できるようになるから。三次元空間+時間の世界に住む私たちには、残りの六次元分の世界を知覚できないけれど、それは大した問題ではない。この本でもなぜ十次元なのかという説明はしていなくて、六次元分を知覚できなくても全然平気だということしか言っていない。もっと説明しようと思ったら数式が出てくるのだけど、この本には数式がほとんど出てこない。E=mc2ぐらい?
この世界で私たちが見ているのは、十次元空間の存在が三次元空間+時間に投影されたホログラフィーのようなものなのだと言っている。写真を取ったら二次元の絵になるのと同じで。
この本を読んでいて思ったのは、超弦理論というのは交流回路の計算に複素平面を用いるのと似ているのかなということ。交流電流というのは日本だと50hz/60hzの違いはあるけれど電圧を時間ごとに振動させて家庭に配信している電気であり、電子回路を動かすのにも使われている。電圧の波の大きさと位相を複素平面で表すことによって、複素数の演算で回路の動きを計算できるようになる。流れる電気が平面なのではなく、あくまで位相を一つの次元として扱っているだけ。つまりこの例の場合、電子回路は三次元空間に立体的に作れるのだから、時間も合わせると五次元で表されていると言える。
超紐理論というのも、これまで一つの点であると考えてきた粒子を弦のような振動するものとして表わすことによって世界を説明しようとする理論なのだから、考え方としては同じだと思う。あくまで数学的なモデルであるわけだし。
この本はほとんど数式を使わずに平易に書かれてはいるが、電磁波(電波や光や赤外線など)が電界と磁界の波だということについて詳しい説明はしていないので、少なくとも高校卒業程度の理系の学力は必要になる。物理取ってなかったら当然理解できない。まあそれはしょうがないか。
重力波を観測することが大きな目標だと書いているけれど、重力波がどういった形で観測できそうなのか、説明してくれていない。電磁波というか光が波であることを証明した実験についてはきちんと説明してくれているのだけど、重力波についてはまだ観測できないので分からないのか、それともあまりに説明が難しくなってしまうからだろうか。
この本のクライマックスは、重力について説明するために物理学の進歩を説明してきたのに、最後の最後で重力なんてどうでもよくなってしまうところにあるらしい。作者がまえがきで思わせぶりに煽っていたのですごく期待していたのだけど、読んでこんなことかと拍子抜けした。自分は作者の思惑通りには驚愕できなかった。理解が足らなかったからなのだろうか。
ちなみに自分は大学で現代物理学の単位を落とした。そういえば電磁気学も可か不可だった。力学第一は三回履修してやっと取れた。数式がとにかく難しかった覚えがある。
ブラックホールを使って説明していくところからだんだん煙に巻かれていくような感じになっていく。特に最後の「ラプラスの魔」が出てくるところ。物理法則が成り立つには因果律が成り立っていないといけないのだから、情報量も保たれなければならない、なんて言っているところはワケワカメだった。エントロピーがどうの。トポロジー(位相幾何学)についても触れるだけ触れているけれど、単に作者自身の業績に自分で言及したかっただけなんじゃないかとも思った。
この本の良いところであり同時に悪いところでもあるのは、説明の難しいところはうまいこと煙に巻いているところだと思う。量子力学はアインシュタインですら感覚的に理解できなかったというし、ファインマンですら自分の考え方で噛み砕いていってようやく分かったというから、それらを一般読者から隠しつつ分かった気にさせるというのはすごいことだと思う。いやまあ自分の場合はこうして疑問が残っているのだから分かった気にはなっていないのだけど、でもとりあえず最後までなんとかたどり着くことは出来た。
最後に哲学的なことに触れて結んでいる。一言で言うと、なぜこの世界はここまで都合がいいのか?ということ。果たして必然なのか偶然なのか?偶然ですべてを片付けるのはよくないと戒める一方で、観測できる私たちが存在できていることによる必然という「人間原理」についても述べている。
作者があとがきで書いているように、物理学者たちが新しい発見に至ったエピソードがところどころに書かれているのが面白かった。こういう実験をしたとか、誰のアイデアから誰の発見につながったとか、物理学の歴史を簡単になぞってくれている。いきなり今の理論はこうだというより、ニュートンの古典力学では説明のつかないことをどう説明したかみたいな、まあいわゆる「パラダイム」という言葉を使わずに、いかに壁を乗り越えて来たのかということを平易に説明しており、最初から無謬で偉そうな学問なんてないんだという姿勢で親しみが持てる。
この手の本をひさびさに読んだけれど、特につまずくことなく(分からないなりに気にしないで読み進めることができたので)すんなり読めたので、良い読書経験だったと思う。量子力学についてはほとんど大した説明はなかったけれど、とりあえず相対性理論についてちゃんと一度簡単に掴んでおきたいという人なんかには特にいいと思う。
(最終更新日: 2022年1月10日 by ひっちぃ)
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