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    原作:TYPE-MOON 漫画:西脇だっと (角川書店 角川コミックス・エース)

    傑作(30点)
    2016年1月3日
    ひっちぃ

    魔術を現代に受け継ぐいくつかの家系が数年に一度集まり、それぞれ得意とする魔術を持ち寄って一つの大きな力を呼び寄せ、その力をめぐって戦う「聖杯戦争」と呼ばれる生死を掛けたゲームを行っていた。正義の味方にあこがれる衛宮士郎は、それと知らずにゲームに巻き込まれて参戦し、自らの甘さを痛感し、自分を見つめなおしていく。同人サークルだったTYPE-MOONの初商業作品にして大ヒット作のコミカライズ版。

    随分昔にネット上の友人がこの原作ゲームをやっていたみたいだったので、感想を聞いてみたらとにかく長いと言っていた。面白いのかどうかが知りたかったのだけど、長いとしか言わなかった。だからそれ以上興味を惹かれずにそのまま時が過ぎたのだけど、それからこのゲームは商業的に大成功を収めた。

    stay nightという副題がついているので、大学生のサークルがどこかに泊まりに行って事件が起きたんじゃないかとか、fateというのだから過去の出来事を恨みに持っていた犯人が大学生の仲間を一人ずつ殺していくミステリーなんじゃないかとか勝手に思っていた。全然違った。でもって読み終わったいま、なぜこんな題にしたのか未だによくわからないのだけど、良い意味で期待が裏切られた。

    Fateというと鎧姿の金髪の女騎士のビジュアルが表に出てくる。こいつは「セイバー」と呼ばれているのだけど、ライフセイバーとかの守る人の意味じゃなくて、サーベルを持つクラスを表している。この物語の「聖杯戦争」とは、7人の魔術師が歴史上の英雄の中から無作為に(?)選ばれる「サーヴァント」と呼ばれるパートナーと共にバトルロイヤル(全員敵同士の生き残り競争)を戦うルールになっていて、英雄が英霊として現代に蘇るときに七つのクラスのいずれかが割り当てられ、そのクラスに応じた戦闘能力が増幅される。「セイバー」は剣の扱いに優れた王道的なクラスで、他に「ランサー」とか「バーサーカー」とかがある。

    というわけでこのシリーズは歴史上の英雄同士が戦うという胸躍るバトルものであり、しかしあくまで戦いの主体は魔術師であり、彼らが自分の家のため、あるいは個人の欲望や願いのために戦うというドラマがメインであり、それに付随して英雄の方の物語も絡んでくるという重層的な物語となっている。

    でその「セイバー」を偶然呼び寄せてしまった主人公の衛宮士郎が、同級生の高慢なツインテールのお嬢様で実は代々魔術を受け継ぐ一族の当主である遠坂凛のツンデレな導きにより、「聖杯戦争」を共闘していくのだった。

    元がゲームなので、大きく三つのルートに分かれていて、この西脇だっとによる漫画版はいわゆるセイバールートと呼ばれるものをもとにしているらしい。ルートによって作品自体のテーマも変わるのだけど、このセイバールートは謎多き女の英雄「セイバー」の不幸な運命について主人公の衛宮士郎が自分に出来ることを探し、時にはぶつかり合いながらも互いに惹かれあっていくというラブロマンスになっている。

    いわゆるギャルゲーなせいか、主人公の衛宮士郎を中心としたハーレムが形成されている。彼は幼い頃に謎の大火事で焼け出されて天涯孤独の身になっており、彼を育ててきた衛宮切嗣というおっさんに強い影響を受けてきたがその彼もすでにこの世にいない。平屋の日本家屋に一人住んでいるのだけど、彼の世話をするためにおしとやかな後輩の桜や奔放な女教師の大河が押し掛けたり、「セイバー」が自らのマスターである衛宮士郎を守るためといって隣の部屋に寝泊まりするようになったり、「聖杯戦争」をともに戦うためと言って遠坂凛が滞在するようになる。あ、幼女枠でイリヤスフィールも預かるのか。

    この作品の何が一番魅力的なのかというと、世間ずれしていない金髪美女の英雄が現代に少し戸惑いながら主人公に付き従い、自らの過去に苦悶しながらけなげに戦うところだと思う。あと、最初は主人公に冷たくするものの結局甘くなって惚れていってしまうツンデレヒロイン遠坂凛の愛らしい態度とか。

    次が英雄同士の戦いだろうか。英雄たちは互いの手の内をむやみに晒さないために、正体を隠し、必殺技を温存している。だからこそ、戦いが進むにつれてようやく必殺技が飛び出し、その正体が明かされるとゾクゾクする。一方で佐々木小次郎なんかは最初からあの物干し竿と呼ばれる長い刀を持って登場するのでこれはこれでワクワクさせられる。

    といった王道的な魅力にあふれた作品なのだけど、最終的に自分はちょっと消化不良になってしまった。

    「セイバー」の苦悩に対して、たかが一介の高校生である衛宮士郎に一体なにが分かるというのだろう。高校生らしい幼さと力強さでアプローチを行う衛宮士郎に対して、大英雄である「セイバー」は当然拒絶をするのだけど、結局のところ最終的には心を開く。こういう非現実的なところで物語の魅力を増幅できるのがSFの良いところなのだけど、なんかちょっとついていけなかった。自分が年を取り過ぎたからだろうか。

    「セイバー」の正体にひねりが効いていて良かったのだけど、ひねってしまったがゆえに彼女の苦悩がイメージしにくいものになってしまったように思う。素直にジャンヌ・ダルクとかにしちゃえば良かったのにと思わなくもないのだった。また、英雄自身のドラマに焦点を当てるという発想は、後発のFate / Zeroの頃にようやく掘り下げられたのか、この初代作品にはまだ希薄なように思う。「キャスター」の悲哀についての描写も薄いし。

    最強の敵が終盤に出てくるのだけど、こいつがなぜ登場したのかよくわからなかった。その理由づけは前述のFate / Zeroにて後付け的に行われるのだけど、大した話ではなかったのでよく覚えていないのだった。

    「聖杯戦争」のルールだけがある程度明確なだけで、物語的な筋がどうもはっきりしないというか、置いてけぼりにされたまま話が盛り上がって終わってしまったように感じた。セイバールートだけではすべての謎が明かされないからだろうか。

    最近になっていわゆる遠坂凛ルートがアニメ化されたので見てみたのだけど、こっちは衛宮士郎自身に焦点が当たっていて、その趣向自体は悪くなかったものの、あまり心に響かなかったというか、正義というものにまだある程度幻想を持っている人じゃないと楽しめないような気がする。

    でもって最後のいわゆる桜ルートで多くの謎が解き明かされるらしいのだけど、このルートはグロくてアニメ化できないという評判をネットで見たので、このルートを楽しむにはゲームをやるしかないのかと思っていたら、また別の漫画版が始まっているらしいのでそれを待てばよさそうだ。…ゲームをやるべきだったのかなあ。

    この漫画版に限った話をすると、絵はおおむね魅力的なのだけど、たまに作画崩壊というかアゴがやたら大きくなっていることがあって、衛宮士郎はまあいいのだけど「セイバー」のアゴがでかいと笑ってしまう。あと、原作に忠実なせいかもしれないけれど、終盤に近付くほど展開が遅くなってイライラする。序盤のワクワク感と比べると終盤に近付くほどつまらなくなっていく。最後はきれいに終わるのだけど、ちょっと物分かりが良すぎるように思えて、すっと心に落ちてこなかった。

    趣向や序盤の展開が素晴らしいので却っていまいちな点が目立ってしまって不満を書いたけれど、自分にとっておおむね楽しめる作品だった。バトルものがそんなに好きじゃない自分がバトルを楽しめたので、バトルものが好きな人には特に勧められる。

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