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    竹宮ゆゆこ (KADOKAWA アスキー・メディアワークス 電撃文庫)

    傑作(30点)
    2016年4月24日
    ひっちぃ

    大学の入学式の日に多田万里はイケメン同級生の柳澤光央と知り合ったが、光央には美人幼馴染の加賀香子が付きまとっていた。光央は自分勝手な香子のことを相手にしないため、香子は共通の知人となった多田万里に光央の予定を聞いてくるようになる。光央に相手にされない香子は多田万里に弱音を吐くようになり、そんな香子に多田万里は惹かれていく。青春小説。

    2013年10月からアニメ化されたのを見てとても面白かったので、いずれ原作小説を読もうと思って脳内キープしていた。放送からだいぶたったと思ったらまだ三年半しか過ぎていなかった。話の筋をまだなんとなく覚えていた。

    この作品の魅力は、勘違い美人の加賀香子が自分の思い通りにならない現実にぶつかり挫折したり、世事に疎くてうまく立ち回れなくて戸惑ったり落ち込んだり立ち直ったりするところだと思う。

    ストーリーとしては、主人公の多田万里が記憶障害に苦しんでいることが主軸となっている。高校卒業前に事故に遭ってそれまでの対人関係の記憶を一切失っている多田万里は、治療のため一年間を棒に振りながらも大学に入って心機一転新しい生活を始めようとしていた。ところが失ったかと思われた記憶がたまにまるで別人格のように覚醒して多田万里を混乱させるのだった。

    この仕掛け、結局ラブロマンスを盛り上げるためだけのものなんじゃないかと思う。盛り上がったらそれはそれでいいんだけど、自分はいまいちだと思った。記憶を失っても多田万里は多田万里だよね!みたいな友情とか家族愛が濃厚に描かれるわけでもないし、仮に描かれたとしてもそれがなに?って感じだろうし。まあドラマチックなので盛り上がりやすいとは思うけど。

    ややこしいことに作者はこのかつての多田万里を一人称にして語っている部分をところどころに挟んできていて、読んでいてわかりにくいし面白くないし共感も出来ないのでイライラした。もっと身近なテーマに置き換えられなかったんだろうか。高校や大学に入るときにそれまでの自分をイメチェンして切り捨て、過去の友人関係を清算するみたいなことだったら、大なり小なり多くの人がやっていることなのでもっと共感を得ることが出来たと思う。

    記憶喪失の仕組みの唯一よかった点として、かつて仲良くしていた女友達が、自分との記憶を失った多田万里を見守っているところに悲壮感あるのだけど、結局どんな風に多田万里のことを思っていたのか作中書かれていない。そのまんま友達以上恋人未満の関係だったのか、単に責任を感じているだけなのか、それとも…。

    ちょっとネタバレすると、失われたはずの記憶が徐々に戻る兆しが見えて、それとともに逆に新しい人格の記憶が失われていくという悲劇が最終巻で起きる。

    記憶喪失を除くとあとは多田万里と加賀香子とのラブコメと、その友人たちを含めた青春群像劇が繰り広げられていて、一番面白いのはやっぱりこの部分だと思う。

    柳澤光央はイケメンなだけでなく幼馴染の加賀香子に対して幼少の頃ヒーロー的な行動をとったために香子に惚れられる。香子が尋常じゃないストーカー体質で付きまとい続けてきたため、付属校からの大学進学をやめてひそかに別の大学に行き、やっと香子の呪縛から逃れたかと思ったら香子も追いかけてきていたのだった。

    香子は自分にとって正しいことは当然そうなるものだと思い込んでいたため、柳澤光央と自分はくっつくものだと確信していた。しかし徹底的に光央に拒絶されてしまい、多田万里に弱音を吐く。そして多田万里に献身的に世話されたことで今度は多田万里を好きになるのだけど、あくまで自分の中で正しい手順で多田万里とくっつきたいと思って安易な道を避けたがゆえに、多田万里からも愛想をつかされそうになる。

    柳澤光央は大学で出会った小柄の同級生の岡千波に惚れる。しかしイケメンで人から好かれなれている彼には、ちょっとアプローチを掛けても大した反応を返してこない岡千波は難しい相手だった。飲み会で酔った勢いで告白してみるが、ふざけてると勘違いした岡千波にすげなく拒否されて撃沈する。以降、柳澤光央は岡千波を避けるようになる。

    岡千波もまた人気者なので自分が人から好かれるのは当然と思っているところがあって、柳澤光央からもそれっきりじゃなくて今後も好意をぶつけられるものだと思っていたが、柳澤光央が想像以上に傷ついていて自分を避けてきたので消沈する。また、柳澤光央が新たな相手を口説こうとしているのを見て悲しむ。映研に所属していて、いつも愛用のカメラ(通称オカメラ)を持っていて、自分の泣き顔とか万里の告白なんかを撮っている。

    なんだこれみんなモテキャラじゃん。まあ主人公の多田万里と二次元くんこと佐藤隆哉は割と平凡な扱いなのだけど。二次元くんというのは三次元(現実世界)を捨てて自分の創造したアニメのキャラを愛していることからつけられたニックネームで、本編とは別に一冊分わざわざ彼の物語が作られているのだけど、その中ではヘタレたキャラだけどかわいい後輩に惚れられているしスマートな体型のオタクらしからぬ男なのだった。

    記憶喪失前後の多田万里の二つの人格がそれぞれ別の相手を好きになってしまうというのがこの物語の一番悲劇的で盛り上がるところなのだと思うのだけど、肝心なところでついていけなくて思ったほど感動できなかった。香子が万里をあきらめようとする心情とか、もう一人のヒロインが本当は何を考えているかとか、ラストの過去がフラッシュバックしてすべてが解決する(?)シーンとか、あんまりよく分からなかった。でも、同じ作者の前作「とらドラ!」の最終巻がひどいレトリックまみれで読みにくくてどうしようもなかったのと比べると、最後は割と気持ちよく読み終えることができた。

    柳澤光央は本編ではいい脇役で終わってしまった。岡千波に振られてかっこわるい自分を吐露したものの、それがどういう成長につながったのかまでは描かれていないように思った。まだ彼の外伝を読んでいないのだけど、なにか書かれているんだろうか。彼に限らず、登場人物が壁にぶつかって心情を述べるシーンはあるのだけど、それからのことがよく描かれていないのでなんだか物足りなかった。二次元くんの外伝も読んだけどそんな感じだった。まさかあとは読者の想像に任せているんだろうか。記憶喪失後の多田万里が自分の過去を切り捨てようとしていたのを思いなおすことが一体なんなのだろうという疑問も残った。岡千波の取り返しのつかない後悔は一体彼女をどういう方向へと向かわせたのか。香子の正しいことを追い求めすぎる欠点を彼女はどう克服しそれを自分でどう思っているのか。はっきりとした答えが欲しいんじゃなくて(欲しいけど)、登場人物の心がどう動いたのかをもっと知りたかった。

    大学を舞台にした作品って意外に少なくて、高校や中学が多分圧倒的に多いのだけど、どうしてなのだろう。大学の方が自由度が高くてたぶん一番面白くしやすそうなんだけど、でもよく考えたら大学の進学率って五割ぐらいなんだっけ。高校の進学率が99%であることを考えると、需要としては弱いのかもしれない。

    アニメでは加賀香子の声を堀江由衣がやっていたのだけど、頭のおかしいヒロイン(?)をやったらこの人の右に出る人はいないと思う。というか自分の中では女性声優の総合力ナンバーワン(声質、演技力・幅、歌唱力)だと思う。で、アニメ版を見てから原作小説を読むと、なんかアニメで十分だと思った。重要なところは全部押さえてあったし、小説ならではの良さをほとんど感じられなかった。でも、別冊の二次元くんスペシャルは結構文学的というか自省的な内容で、読んでいてちょっとしんどかったけれど小説ならではで悪くなかった。まあ二次元くんが悩んでそれだけの内容のように思えたのだけど。もっとなにか今後どうしていくかの具体的な決意表明のようなものが欲しかった。

    ドラマチックなラブロマンスが好きな人や、ちょっと変わったヒロインが好きな人、恋の衝動で人目をはばからずとんでもないことをやるような話が好きな人なんかに勧める。

    (最終更新日: 2016年4月24日 by ひっちぃ)

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