はたらく魔王さま! 2巻まで
和ヶ原聡司 (アスキー・メディアワークス 電撃文庫)
いまいち(-10点) 2016年5月14日 ひっちぃ
勇者との決戦に敗れた魔王サタンは、異世界へのゲートに逃れて再起を図ろうとするが、追いかけてきた勇者とともに現代の日本に飛ばされる。魔力や力は失われ、普通の日本人として暮らさざるを得なくなった魔王は、この世界で魔力を回復する方法を探しつつ、ハンバーガーチェーンでアルバイトをするのだった。ファンタジー小説。
いつだったかアニメ化されたのを見て、別にそれほど面白くなかったのだけど、設定なんかが分かったらもっと楽しめたんじゃないかと思ってこの原作小説に手を出してみた。結論から言うといまいちだった。
ほとんど出オチというか、魔王一行が現代日本で貧乏生活するだけの作品だと思う。「あの魔王が」ちまちまバイトをして、時に人間の世界を守るために戦うなんて!?みたいな。
魔王の魔王たるところがよくわからない。少なくとも序盤では、なぜ世界を支配しようとしたのか自分でもよく分かっていない。作品的には、ただ「魔王」という肩書(?)に乗っかっているだけ。魔王がバイトに精を出しているうちに、そこに小市民的な幸せみたいなものを感じていっているようなのだけど、その意味について特に語られることもない。
読者の分を超えた余計なおせっかいではあるけれど、魔王=自由気ままな子供のありよう、バイト=みんなのことを考える大人のありよう、みたいな構造にすべきだったと思う。人のいいなりになるのをよしとせず、自分の好きなことばかりやっていた子供の頃のことを魔王と重ねることで、ちゃんと周りのことを考えて社会に貢献し他人を愛するのも悪くないじゃんみたいなのを、バイトに励む魔王の改心というか方針転換として描いていけば、多くの読者の共感を得られたんじゃないかと思う。
ところがこの作品の魔王はもう最初っから誠心誠意はたらいているし、魔王だった頃の話なんてほとんど語られることがないので、ただただギャップそれも表層的なものしか描いていない。たとえば最初は店長の言うことを聞かずにむちゃくちゃやったり客に暴言吐いたりするほうがギャグとしても笑えるだろうし、どういう心変わりをしたのかというところも描くことができたんじゃないだろうか。
ついでに言うと、勇者エミリアのほうは逆に、勇者=いい子でいつづけた子供のありよう、社会人=自分に素直になる大人のありよう、みたいにしていたら、重層的で深くなったと思う。
という根本的な部分を除いても、まだまだいまいちな点が多い。ヒロインとして他にバイトの後輩の女の子ちーちゃんこと千穂がいたり、2巻で和装美人が出てきたりするのだけど、好き好き言っているだけで大した展開がない。魔王のほうは恋愛感情をもってないし。
あんまりおもしろくないので2巻までしか読んでいないのだけど、1巻も2巻も元の世界からの刺客を倒して終わり。一時的に力を取り戻した魔王が敵をぶったおすが、人間世界への影響を最小限にとどめるために場の修復に魔力を使い果たして元の生活に戻るというワンパターン。敵の意志も単に魔王を打ち取ろうという目的だけで何の執念も感じない。
勇者が属していた教会勢力が一枚岩ではなく汚い陰謀が渦巻いているところなんかはちょっと面白かったけれど、本当にただ「正義のはずが実は薄汚い教会」を描写しているだけ。そんな教会に奉仕してきて教会の方針に疑問を持つようになった人についての描写があって、板挟みだとか葛藤とかでおいしい役回りのはずなのだけど、これも描写が薄くて全然ドラマチックにならない。
勇者エミリアが優秀なOLではあるのだけど日常生活ではおっちょこちょい(死語?)なところがあってたびたび魔王に醜態をさらすところは面白かった。勇者エミリアは魔王に自分の父親を殺されて、だからこそ魔王には決して心を許さないという軸がある。でも目の前で直接父親を殺されたわけではないせいか、なんだかんだで魔王を倒すという決断を後回しにしている。
ふと萩原一至「BASTARD!!」のことを思い出した。伝説の悪の大魔術師ダーク・シュナイダーが英雄に倒されたあとに生まれ変わって復活するものの、依代となったルーシェ・レンレンという子供の性格の影響を受けてどこかやさしくて、幼馴染の娘ヨーコに逆らえないところなんて、魔王改心もの(?)の祖先なんじゃないかと思った。
喬林知「今日からマのつく自由業!」の魔王は単なる人間以外の王だし、橙乃ままれ「まおゆう魔王勇者」も相対化が強くて悪の権化からはほど遠いしで、魔王のイメージが暴落中すぎる。あ、丸山くがね「オーバーロード」があったか。あれは硬派だよなあ。数十万人殺しちゃうし。でも何かに精神が影響されてのことだからなあ。魅力的な悪の大ボスになっていない。いまだに宇宙戦艦ヤマトのデスラー総統が使いまわされているのを思うと、そろそろ何か出てきてほしい。水野良「ロードス島戦記」に出てくるバルド皇帝は魔王っぽいけど人間だし作品の知名度の割に影が薄いもんなあ。三条陸「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」の大魔王バーンは単に強い敵ってだけだし。
もうちょっと読んでみてもよかったのだけど、他に読むべきものがいっぱいあることだし、この先あまり面白くなることはなさそうなので切り上げることした。これといって勧める要素が見つからないので読まなくていいと思う。
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