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    十文字青 (オーバーラップ オーバーラップ文庫)

    まあまあ(10点)
    2018年4月8日
    ひっちぃ

    ハルヒロたちは気が付いたらファンタジー世界にいた。現実の記憶を思い出せなくなり、勝手の分からない世界で日々生きていかなければならなくなる。勘のいい面々がめぼしいもの同士でつるんで行動を始めた中で、ぼんやりとしたにぶい男女六人組がなりゆきでパーティを組むことになる。異世界ファンタジー小説。

    何年か前にアニメ化されたのを見て、水彩画風の絵と素朴な音楽、弱小パーティが四苦八苦する様子がこの手の作品にしては新鮮だったので見続けていたのだけど、絵に描いたようなお調子者キャラのランタ、そんなにいいところがあるように見えない地味な性格の主人公(?)ハルヒロ、あざとい天然キャラのユメなどになんとなくイラっとさせられた上に、アニメの最後があまりにフワッと終わったのでなんだこりゃと思ってそれっきりになるはずだった。でもこれはたぶんよくあるアニメ独自の演出のせいなんじゃないかと思ったので原作小説に手を出してみたら、なんというかブンガクしていてよかった。

    最初は確か12人ぐらいが訳も分からず一緒にこの世界に迷い込む。その中で、不良っぽいレンジがいきなり喧嘩を始め、自分が一番強いことを確認したうえで、おまえとおまえは来いと手下にする。それを見たケバめの女がすかさず媚びてついて行く。五人の男女が取り残される。そのうちの一人マナトが自然と仕切り役を買って出て、ボーッとした主体性に乏しい集団を緩やかに引っ張っていく。俺TUEEEものが流行っているこの手の異世界もの作品のなかでは異色の展開で、あまりにも頼りない面々がいったいどうやって生きていくのか気になって読み進めた。

    一行は事務所に行って義勇兵になることでわずかばかりのお金を手に入れるのだけど、それを食いつぶすと生活できなくなるので、お金を稼ぐ方法を見つけなければならない。舞台はまるでファンタジーRPGのような世界なのだけど、さすがにレベルとか経験値といったものはないものの、職業とかスキルなんてものはごく自然に存在している。職業ごとにこの世界のギルドに入って師匠から教えてもらったらスキルが身に着くようになっており、ちゃんと一週間とか厳しい訓練をしないと身につかない。

    とりあえず五人それぞれ別の職業についたほうがよさそうだということで、戦士、盗賊、魔法使い、神官、狩人といったバランスのよさそうな構成にしようということで各々ギルドへ向かったのだけど、落ち合ってみると戦士になるはずだったお調子者のランタが暗黒騎士になっていて笑った。以後こいつは何かとトラブルメーカーになる。

    戦士のような盾役がいないとうまく戦えないということで途方に暮れるのだけど、最初にガタイのよさを買われて先輩たちに連れていかれたデブキャラのモグゾーが、授業料だと言われてなけなしの金を奪われて放り出されていたのを見つけて拾う。こうしてバランスのいい六人パーティになった彼らは、近くにある打ち捨てられた旧市街にうろついている群れからはぐれたゴブリンを狩ることにするのだった。

    しかし実際に戦ってみると、自分たちよりもだいぶ小柄な亜人ゴブリンに大苦戦する。六人で寄ってたかって一匹のゴブリンをボコろうとするのだけど、ゴブリンは必死になって抵抗する。すばしっこいのでなかなか武器が当たらないし、多少当たったところで動きは止まらない。どうにかしてとどめをさすのだけど、描写がちょっとえげつない。

    ちなみにあとのほうの巻になると、短剣を刺してひねってから抜くだとか、敵の目や内臓を刺すだとか、抵抗がなくなるまでひたすら鈍器で殴るだとか、すごくリアルに描写されていて、この作品のなんともいえない世界観を支えていると思う。

    次第になんとか一匹や二匹ぐらいまでのゴブリンなら割と安定して狩れるようになり、ゴブリンの貧しい所持品を漁ることでどうにか生計が立てられるようになるのだけど、そんなときのふとした気の緩みから仲間を失ってしまう。

    そう、この作品は普通に人が死ぬ。読んでいて予想していなかったタイミングであっさり人が死んでしまう。だからこの作品を読み続けていると、いつ誰かが死ぬんじゃないかとハラハラする。危ういバランスで成り立っている戦闘が常に緊張感にあふれていて、フィジカルを潰しあうリアルな描写とともに読み応えのあるものになっている。

    パーティが男女三人ずつなので、色恋描写もちょっとある。でも余りものパーティなのでみんな消極的なのだった。ユメは博愛的な天然キャラだし、シホルは隠れ巨乳だけど内気、ランタはセクハラするくせに口だけ、ハルヒロはいい人ぶってるし、モグゾーは朴念仁、マナトはイケメンキャラだけど生真面目。内気なシホルが真面目なマナトのことを好きになるのだけど何もしない。その後、超美人だけど性格の悪いメリィが入れ替わりで入ってくるのだけど、かつて仲間を死なせてしまったことで自罰的になっていて他のメンバーとは最初距離を置いている。ハルヒロがメリィのことを好きになるのだけど、パーティになじみ始めてからも高嶺の花だと思っているのでなかなかアプローチできない。

    作中いろんな人物が一人称をとるのだけど、ほとんど盗賊ハルヒロの視点になっていく。余りものパーティの中でリーダーとしてやっていくことになり、人知れず苦労をしていく。リーダーシップ論はこの作品の主要なテーマになっている。なりゆきリーダーだし基本的にランタを除いて不和になることはないので一面でしかないのだけど、リーダーの決断とか責任とかで悩む姿が描かれる。

    盗賊がリーダーということもあって、ハルヒロの戦闘描写が結構面白かった。盗賊は正面から斬り合うのではなく、相手の背後に回って短剣で急所を狙ったり体術で絞めたり折ったりする。これなにげにすごいと思う。たとえば異世界もののヒット作の川原礫「ソードアート・オンライン」シリーズだと題名どおり剣技がメインだし、丸山くがね「オーバーロード」は魔法メインで派手なのだけど、この作品は盗賊(シーフ)の技術で戦う描写に焦点があてられている。しぶすぎる。一時期ニートやっていてファンタジーやゲームを知り尽くしている(?)作者の膨大な知識あっての作品だと思う。

    と、いいことばかり言ってきたけれど、いっぽうでちょっといまいちだなと思うところが結構目立つので、一つ一つ挙げて批評していきたい。

    一番の不満は、主人公たちがなぜこの世界に来たのか、断片的にちょこちょこと語られるだけで、いまのところ何の意味もないところ。一応、この世界の義勇兵(冒険者みたいなもの)の中で一番強いとされるソウマの目的が、この謎を解き明かすことだというので、物語的になにかしら鍵となっているようではある。それまでいた世界のことをフラッシュバックしてわずかに思い出すこともあるのだけど、たとえば弱虫だった自分を思い出して今度こそ強くなろうと決意するだとかいったこともなく、単に思い出すだけなのでこの世界での彼らの物語とは何の関係もないのだった。

    お調子者ランタの存在がどうにも中途半端で弱いように思った。ランタは意図して勝手気ままに振る舞い、嫌われ者になっている自覚はあるけれど気にしない。強いものには即行で従う。こういう人としょうがなく付き合っていかなければならないというのも社会的なテーマなのだけど、ランタの存在はちょっとズレていると思う。一人を嫌うことでそれ以外のメンバーの結束が高まるだとか、自分の中にもある嫌なところを見せられているだとか、そういったテーマにちょっとだけ触れるものの、踏み込んでいかない。たぶん最初はみんな未熟な人間だから達観しないようになっているのかもしれないけれど、物語が進んでもこのあたりのことはまったく描かれないのでやきもきする。

    トッキーズとかソウマたちとか先輩パーティがいくつか出てくるのだけど、総じて魅力に欠ける。個性的な面々でみんな強い、みたいな感じで描かれるのが寒い。ハルヒロたちが地味にがんばっているから余計にそう感じてしまう。ハルヒロたちが周りから「ゴブリン・スレイヤー」とバカにされるという描写があるのだけど、バカにしてくるのは主にモブ(有象無象)で、名前のある有力パーティは大体優しい。大きく差をつけられた同期のレンジたちも結局ハルヒロたちには丸く接してくるし。あ、トッキーズの誰かとハルヒロとが衝突するシーンなんかがあってそこは妙にリアルで良かった。でもちょっとかゆいところに届いていないようなもどかしさがあった。

    途中から独自(?)のモンスターや世界が出てくる。黄昏世界(ダスクレルム)だとかダルングガル(暗闇世界)なんていう場所に迷い込んで、そこには見たことのないような住人たちが暮らしていて、グリムガル(言い忘れていたけれど題にあるのは舞台となっている世界の名前)に戻るために四苦八苦する。なにせ言葉が通じない異形の者たちが暮らしている。自分たちの食べるものにも困った一行は、試行錯誤を繰り返してなんとかやっていく。本格ファンタジーって感じがしてとてもよかった。一方で、独自のモンスターがやたら硬いのばっかりで、戦闘シーンが息苦しく感じた。

    見知らぬ世界で思春期(おそらく)の男女がわざわざ一緒のパーティを組むだろうか?いくら余りものといっても、現実的には男と女に分かれる気がする。それともいまの若い人たちは普通に男女でグループを作るんだろうか。

    あざといキャラが主要登場人物にいない(?)のがライトノベルらしくなくて、萌えが欲しい人には物足りないと思うのだけど、そういうのが要らない人にはいいと思う。天然キャラのユメはすごくあざといしゃべり方と性格をしているのだけど、周りはほとんどいじってこないので天然記念物扱いなんだろうか。アニメだと小松未可子がやっていて、最初はちょっと棒っぽい感じが違和感あったのだけど、聴いていてだんだんクセになってきた。あとの方で出てくるセトラは非常にあざといライトノベルっぽいキャラなのだけど、煽られるメリィのほうに目がいくのでそれほどまでには感じなかった。

    最初にちょっと言ったとおり、アニメ版はこの作品とは焦点が異なっている。原作の作者がやたらとあとがきでアニメや監督(中村亮介)を持ち上げていたけれど、自分はひどかったと思う。水彩画のような絵は単体で見ればとても良かったのだけど、泥臭いファンタジーものである原作にはまったくそぐわない。演出もほのぼのした感じに仕上げていて、うすら寒くすら感じた。最悪なのが「旅ゴブ」という謎のミニコーナーで、本編でみんなでボコったゴブリンたちの日常をほんわかと描くという意味不明さ。謎演出がストーリーとか世界観までは壊せなかったので、なんとか原作への興味が湧いて助かった。まあアニメ化しなかったら原作のことは多分知らないままだったと思うけれど、ここまでマイナスになっている作品は珍しいと思う。オーバーラップは新興出版社なので発言力がないんだろうか。

    だいぶけなしてしまったけれど、なんだかんだで楽しく読めたし、とてもユニークで味わいのある作品だと思う。ただ、暗い割に人物描写はそれほど深くないし、壮大な世界観の割にストーリー展開は行き当たりばったりだし、リーダーとして悩むハルヒロに対してメンバーが全面的に信頼を寄せすぎているところに浅さも感じてしまう。ご都合主義じゃないリアルな異世界ファンタジーを読みたいという人にはこれしかないという唯一無二の素晴らしい作品だと思うけれど、たぶんそうじゃない人の方が多いと思うので、楽しめそうなところがありそうなら読んでみるといいと思う。

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