高1ですが異世界で城主はじめました 13巻まで
鏡裕之 (ホビージャパン HJ文庫)
傑作(30点) 2018年10月6日 ひっちぃ
高校の中世研究会で二人きりの活動(?)をしていた清川ヒロトと相田相一郎だったが、あるとき古本屋で買ってきた古びた地図を広げたところ、中世のような世界に飛ばされるのだった。移民の多い貧しい城下町ソルムで城主の無理難題に従っているうちに、城主が聖霊の怒りを買って急死し、町の秩序を取り戻すためにヒロトが城主となる。異世界ファンタジー小説。
愛七ひろ「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」を読んでいるうちに、主人公が領主になって活躍したら面白いだろうなあと思っていたら、題に「城主」とついたこの作品が目に留まったので読んでみた。面白かった。
舞台となっている独自のファンタジー世界には、魔法こそないものの高度な技術を持つ亜人間エルフのほかに、全身を包帯で巻いた通称ミイラ族や、骨しかない骸骨族といった人間でない種族が共存している。城下町ソルムにはエルフが一人も住んでいないので、城主と家令が必死になってエルフを招こうとするのだけど、異種族の移民だらけの貧しい町だから他の城主や商人たちから田舎者だとバカにされる。
一方でソルムはヴァンパイア族と呼ばれる吸血鬼たちに手を焼いていた。付近の村人が彼らに襲われるので、村人たちは衛兵をよこすよう城主に陳情に行くが、そんな余裕はないと城主が突っぱねる。しかしなかなか村人が引き下がらないので、困った城主は町の司祭に相談し異世界からディフェレンテと呼ばれる人材を召喚することにする。当初ディフェレンテは目覚ましい活動をして国を救っていたが、何人も呼び寄せるうちにめぼしい人が来なくなっており、人々はあまり期待しないようになっていた。そんなさしたる期待もされない状況下で主人公のヒロトと相一郎が召喚されたのだった。
この作品の特徴として、主人公たちは何も特別な能力を持たないばかりか、現代の知識もそんなに役に立っていないこと。じゃあどうやって活躍するのか。主人公ヒロトが両親の教えにより培ってきた実践力(?)でなんとかしていく。どういう力かというと、最初にヒロトの愛読書がビジネス書の「七つの習慣」であることから分かるように、対人関係を重視して人を動かしていく。
1巻では聖霊の怒りを買って井戸が枯れて混乱する町の人々を落ち着け、城主となって秩序を取り戻そうとする。2巻ではテロリストに乗っ取られた学校からエルフの子供たちなどを救出するが、そのときは仲良くなっていたヴァンパイア族の助けを借りている。ヒロト個人にカリスマ性といった人を引き付ける特別な能力はないのだが、利害関係を調整したり、約束は必ず守ったり、自分の望むことをやってくれた人をみんなの前で賞賛したりと、人間関係を築いて困難を乗り越えていく。これが地味に思えてすごく面白い。子供ウケはしなさそうだけど。
ヒロトがそういうキャラだということは一巻の最初のほうでサラリと描かれているのだけど、序盤のその後の展開で単にひょうひょうとした人物だという印象で上書きされてしまったため、短編集となっている八巻の中のヒロトの生い立ちの話を読むまで自分はヒロトのキャラがよく分かっていなかった。不思議と人を味方につけるのがうまいやつ、みたいなつかみどころがなく物おじしない有能キャラという印象だった。正直こいつにあまり魅力を感じなかった。いまもそれほど好きなわけではないのだけど、行動には好感が持てた。思い入れを抱けないのは、ただ成功しているだけだからだと思う。過去の失敗があってもう二度と失敗しないという意志を示すとか、現在進行形で失敗して痛い目を見て成長していくだとか、そういった背景や展開が必要だと思う。15歳なのに作中にもあるように老成しすぎている。
この作品のもう一つのとても大きな特徴は、作者がエロゲーのシナリオライターでおっぱいが大好きなせいか、出てくる女の子が巨乳づくしなこと。それだけならまだいいのだけど、毎回毎回おっぱいをヒロトにこすりつけシーンがあって、ヒロトがアホみたいに呆けてばっかりでうんざりさせられる。しかも描写がヘタすぎて全然欲情できない。「気持ちよすぎるぅ〜」とかマジかと。エロゲーのシナリオライターが小説を書き始めたというより、普通の小説家が無理してエロシーンを書いているように見える。あと一応エロゲーっぽいところもあって、セリフの末尾に「♪」をつけることがあるのだけど、違和感しかなかった。作者の経歴を見ると北大の文学部を出ているので妙に納得できる。この人はちゃんとした小説を書いたほうがいいと思う。
話の筋が毎回面白いので既刊全部読んでしまったのだけど、恋愛要素は一向に進まない。ヒロトには、ミイラ族の女の子ミミア、ヴァンパイア族の族長の長女ヴァルキュリア、最初敵対していた有力な城主の娘ソルシエール、エルフの州副長官エクセリアなどといったヒロインたちが続々と集まってくるのだけど、こいつらとの仲が進まないどころか、こいつら同士は何の駆け引きも綱引きもせず、ただただ一途にヒロトを想ってみんなでヒロトをシェアしている。まあいずれヒロトは元の世界に帰るつもりであると言っているので、誰とも結ばれないことは分かっているということなのかもしれないけれど、感情の動きに乏しくてほとんど魅力を感じられなかった。一応嫉妬とか健気な描写もあるのだけど。
ヒロトの相方の相一郎は学校では学年トップの成績を誇り、歴史の知識も豊富なのだけど、こいつはほぼまったく活躍しない。ヒロトの豪胆さを間近で見て尊敬するだけ。もっと活躍させたりやと思った。たぶんこいつがいまいちなのはヒロトを際立たせるためだと思う。ヴァンパイア族の族長の次女キュレレという、本が大好きだけど文字が読めない内気な彼女に対して、相一郎は本を情感たっぷりに読んで聞かせているうちになつかれ、その彼女が実はヴァンパイア族一の飛翔能力を持っていて敵兵をバッタバッタと倒していく。うーん、このオマケ感。ちなみにキュレレは数少ない貧乳キャラなのだけど、相一郎とのロマンスもやはりほとんど進まない。いや、進んでいるけれど分かりづらいだけ?
ヒロトはどんどん出世していって国政にも影響を与えるようになるのだけど、国王や周りの重臣たちが一枚岩ではなくて、自分たちの利益や思想信条によって行動するのが面白い。最初にヒロトのことを認めて後押しするのは、聖霊教会の元締めである大司教ソブリヌスで、ヒロトがイブリド制という異種族共存策を推し進めるので支持している。また、ヒロトのことを最初は邪魔な存在だとして排斥しようとした宰相のパノプティコスは、ヒロトのことを使える男だと考え直してフォローするようになるが、あくまで使える限りにおいてはと冷徹な考えを持っている。地方のエルフたちの支持を取り付けるヒロトだったが、エルフの国内の長老会のボスであるユニヴェステルはヒロトのことを嫌い続ける。国王が強力な権限や意志を持っておらず、周りに揺さぶられたり弱気になったり我を張ったりするほか、侍女に夜の世話をさせるシーンが結構挟まれていて、ヒロトハーレムのアホみたいな描写と違って国王はとても人間的な面を見せるのだった。
政治劇がすごく面白い。人口の増加にともなって食糧を増産するために開墾令という法律があって、開墾すると一時的に税金が安くなることから開墾を請け負って金を受け取る開墾業者が跋扈している。彼らは開墾令を施行するよう城主に働きかけているけれど、森を切り開くと狼が減って狼の血を吸って生きているヴァンパイア族が飢えて人を襲うようになるのでヒロトは阻止しようとする。そういった争点が州長官選挙を左右し、票と金が飛び交う。また、異民族との共存か人間の尊厳かで争ったり、大貴族が自分たちの権威と権力を守ろうと立ちはだかったりする。隣国の亡命貴族が暴走するとか、敵国の有能な将軍とたびたび会談して関係を気づいていくとか、いろんなストーリーが展開されて飽きない。
あとがきで作者が登場人物のネーミングの由来だとかプロットをどんだけ作り直したのかといった内幕を得意げに開陳するのがとても興ざめだった。ただ、ネーミングのしかたに作者の豊富な歴史的知識が現れていて世界観を支えていると感じた。
武勇でもなく知略でもなく(知略はあるか)人略で無双する物語に興味がある人は読んでみるといいと思う。
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