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  • 理想のヒモ生活 12巻まで

    渡辺恒彦 (主婦の友社 ヒーロー文庫)

    傑作(30点)
    2019年10月29日
    ひっちぃ

    ブラック企業に勤める真面目なサラリーマン山井善治郎は、突然グラマーな美女アウラによって異世界に召喚され、何もしなくていいから女王である自分の夫となって子をもうけてくれと言われる。そんなうまい話があるのかと善治郎は疑うが、戦乱が収まったばかりの王国で唯一王族として生き残った女王アウラにとって、どうしても善治郎の血が必要なのだった。ライトノベル。

    小説投稿サイトの主要どころの作品を漁っていたら引っかかったので読んでみた。とてもおもしろかった。

    この手の作品は安易なハーレムもの(主人公の男が複数の美少女にモテまくる話)になるものなのだけど、この作品は逆に善治郎がキャリアウーマン(?)の女王アウラだけを愛して支える話になっている。国のためにむしろ女王アウラのほうから善治郎に対して側室を取って一族を増やしてほしいと言うのだけど、善治郎は頑なに拒否するのだった。

    当初は題の通り本当にヒモ生活を送るだけのつもりだったのだけど、そうはいかなくなる。突如出現した善治郎という王配(女王の配偶者)に対して国内の有力貴族がこぞって側室を送り込もうとする。アウラ一筋で側室をめとりたくない善治郎は全部断るよう女王アウラに言う。しかし女王の口から皆へそう言うと男尊女卑の文化が根強いこの国では女王がむりやり善治郎を後宮に閉じ込めて独占しようとしているのではないかと見られかねない。そこで仕方なく善治郎は王国のパーティに参加して自らの口で自分が女王アウラ一筋であることを貴族たちに吹聴することになる。そんなこんなでアウラの代わりに公式の儀式に参加するようになった善治郎は、否応なく王国の政治に巻き込まれていくのだった。

    舞台は国土の多くを熱帯雨林に覆われるカープァ王国というインドとか東南アジアっぽい感じの国なのだけど、中世ヨーロッパみたいな高度な封建制が成り立っている(インドも高度なのかもしれないけどよく知らない)。ファンタジーなので魔法とか竜とかがいる。この地域の家畜は哺乳類ではなく爬虫類で、馬や牛や豚などの代わりに色々な種類の竜というか巨大なトカゲ(?)がいる。魔法は使える人が少ないけれど基本的な四大元素(火水土風)のほかにそれぞれの国の王族だけが使える固有魔法がある。カープァ王国の王族は代々時空魔法が使える。女王アウラはその時空魔法の一つを使って善治郎を召喚した。時空魔法が使える王族の血をなるべく濃く受け継いだ人間を探して呼んでみたら異世界から善治郎を呼んでしまったとのこと(その秘密はおいおい明かされる)。

    序盤の面白いところとして、善治郎をいったん元の世界に戻した上で再び一か月後に召喚することになること。一か月で身辺整理をしてから向こうの世界へ持っていくものを買い集める。問答無用で異世界に飛ばされる作品が多い中で、魔法の絨毯一枚に乗る分ならなんでも荷物を持っていけるということなので、さあなにを持って行こうかと色々と考えるところがちょっと面白かった。あと、そうやって持ち込んだものは壊れたら直せないので、なんとか向こうで現代文明を再現できないか色々やってみるのも定番だけど面白い。

    政治の力学が面白い。絶対王政ではなく封建社会なので王の権限はそこまで強くなく、有力な貴族たちがあの手この手で自分たちを利しようと動く。元帥の地位を狙うプジョル将軍や、息子に跡を継がせるため箔をつけようとするガジール辺境伯、親子で抜け目のないマルケス家。また、カープァ王国は大陸有数の大国ではあるのだけど、周辺には大小さまざまな国があって干渉してくる。

    古い価値観が根付いている社会なので、男尊女卑であったり、軟弱な男が蔑まれたりする。しかし善治郎は現代社会の価値観を持っているため、男は必ずしも強くなくても気にしないし、沢山の女と寝たいとは思わない。カープァ王国ではたまたま大戦を生き残った王族がアウラ一人だったために女王として君臨しているが、古い価値観の上に危ういバランスで成り立っているため、善治郎がちょっとでも立派に振る舞ってしまうと国民がアウラよりも善治郎のほうに王族としての権威を認めたり、善治郎に権力を持たせておもねろうとする貴族が出てきたりしかねない。

    善治郎は最初、使用人に対して丁寧な言葉を使おうとするが、逆に彼らを戸惑わせてしまう。そこで礼法の先生に教えてもらい、王族としての身分にあった偉そうな言葉遣いや立ち居振る舞いを覚えていく。それにはいつまでも慣れない善治郎だったが、役目上仕方なくそう振る舞うようにする。それでもプライベート空間である後宮の中では、侍女たちに対してざっくばらんな口調のほうが楽だからと相談の上で自分のやりかたを通す。どの作品とは言わないけれど、王様になった主人公が国難に際して国民の前で頭を下げるシーンがあって、それが国民から好意的に受け入れられるのだけど、なんてあまっちょろいんだと思ってしまった。

    女王アウラは当時の女にしては武にも通じていて少なくとも善治郎よりも強く、また長年政治に携わってきたため頭もいいし現実的で実務家であるため、一介のサラリーマンだった善治郎は文明水準の低いこの世界の中でも彼女のことを尊敬している。実際、大舞台に立ったり責任を伴う判断を求められたりするときに善治郎は己の小ささとアウラの大きさを痛感する。そうした謙虚な姿勢の中で善治郎もこの世界に慣れていって成長していく。またアウラは自分が女としての魅力に乏しいことを自覚しているため、自分だけを求めてくれる善治郎によって女としての喜びを密かに噛みしめる。かわいい。

    現代社会の知恵があれば大抵のことは現地人よりうまくやれると思いがちだけど、そううまくはいかないのがリアルでとてもよかった。特に貴族間や国家間のやりとりなんかは複雑すぎて善治郎の手に余る。そのあたりの難しさが非常に説得力のあるエピソードの数々でつづられていくので、この先の展開はどうなるのかと気になりながら読んだ。

    たとえば現代の世界でも、独裁はよくない民主主義が一番なんだみたいな安易な考えがあるけれど、実際には歴史の積み重ねがないと急に民主主義にしても腐敗するだけで、それなら実力者による独裁の方がはるかにいい。貴族社会なんて既得権益者が仲良しこよしやっているだけじゃないか能力主義こそ一番なんだと言われるけれど、実際には人間なんて周りすべてが敵というバトルロイヤルな世界が当たり前であり、そんな中で協調しあえる人間が力を持っていったのは歴史の必然だった。いまの企業社会だってなんだかんだでコミュニケーション能力(笑)が重視されるのは企業や個人の存続という面では非常に正しい(その代わり社会が発展しにくくなるけど)。政党政治で派閥が幅を利かせるのも当然なのだろう。

    実は先にコミカライズ版(作画:日月ネコ)を既刊分読んだのだけど、読みやすいし内容が結構再現されているので、次に原作小説を一から読んだときにちょっと退屈だった。コミックス6巻で原作小説5巻の最初に追いついているほどのペースなのにすごいと思う。まあでも原作小説のほうが心理描写やそれぞれの思惑なんかの説明がやっぱり丁寧なのでどちらかを読むのであれば小説のほうがいいと思うけれど、コミックスで読めば大体のところは楽しめると思う。

    第二のヒロインとして、男装の姫君フレア殿下が5巻から登場する。この時代背景で冒険が好きな姫君というかなり狙ったキャラで実際魅力的なのだけど、頭もよくてちゃんと自分の立場を計算しており、やはりアウラと同じように自立したキャリアウーマンって感じで、オタク受けしそうな普通のかわいい女ではないのだった。でも北国出身なので熱さに弱く、猛暑期にまるで犬のように舌を出してへばるのが萌えた。

    他にガジール辺境伯の長女ルシンダという一族を裏から支える有能な女性が出てきたり、後宮にも侍従長のアマンダを始めとした中年の有能な女たちが多く登場したり、筋骨隆々の異国の女戦士スカジがいたりと、オタク向けの作品とは一線を画するキャラが多く登場して活躍する。書籍版の出版社が主婦の友社なのはそういう狙いでこの作品を取ったのだろうか。NHKがアニメ化しそう。

    その一方でちゃんと後宮には問題児三人組がいたり、同じ大陸にある大国シャロワ・ジルベール双王国のボナ王女のように周りに翻弄されるかわいい女も出てきたりする。善治郎がこのボナ王女と不思議と仲が良くなるので女王アウラが嫉妬を見せるところもよかった。第三のヒロインである可能性が高いルクレツィア・ブロイなんかは小柄でかわいこぶる女の子として登場するけれど、しっかりと目的を持った打算のある女で、読んでいくにしたがって応援したくなってしまった。野心を隠そうとしないプジョル将軍の妹も兄に似てグイグイくるタイプで、バレーボール部のキャプテンをやっていそうなタイプなのだけど、兄が大好きでついつい兄の話をしてしまうところなんか妙にかわいかった。

    気に入らない点について言うと、まず巻末の後宮裏話が最初あまり面白くなかった。問題児三人組の描写が露骨に媚びている感じがして読んでいられなかった。だんだん慣れてきて好きになってきたけど。

    舞台設定や筋書きからキャラの振る舞いや対話までどれも素晴らしいのだけど、その割に噛みしめたくなるほどの愛着を持つには至っていないのが自分でも不思議に思う。あまり時を置かずにコミック版から原作小説を読んだせいだろうかと思ったけれどそれだけではない気がする。

    主人公である善治郎にあまり魅力がないんじゃないかと思う。こいつの考え方にはすごい納得できるし共感も持てるんだけど、一点アウラ一筋なところだけが腑に落ちない。そりゃ一人の女性だけを愛するのが正しいと思うし自分もそうありたいとは思うけれど、男であればやはり誘惑があればどうしても揺らいでしまうものだと思う。そこにちょっと違和感を抱いてしまうというか、この善治郎を中心とした物語にどっぷりとは浸りきれない理由があるんじゃないかと思う。この作品は男性読者よりも女性読者とくにキャリアウーマン志向の人に向けて書かれた作品なのかなあ。であれば、こんな女性にとって理想的な男性が主役であることにも納得できる。あるいは、自分は前に立たずに女性を支えるタイプの男性読者を意識しているんだろうか。

    というわけでライトノベルに分類される作品にしては異色の作品ではあるけれど、それを差し置いても誰が読んでもある程度以上は楽しめる非常に完成度の高い素晴らしいファンタジー小説なので広く勧めたい。

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