キングダム 56巻まで
原泰久 (集英社 ヤングジャンプ・コミックス)
まあまあ(10点) 2020年1月4日 ひっちぃ
秦の始皇帝が中国全土を統一する前の時代、天下の大将軍を夢見て日々修行してきた身寄りのない下僕の少年・信が、戦場の中で戦い成長し仲間を得て出世していく物語。少年マンガ。
自分は古代中国が割と好きなので、いつだったかこの作品がアニメ化されたのを知って見てみたのだけど、よく言えば少年マンガ的な、悪く言えば根性で戦っていくだけの展開に飽きて途中で見るのをやめた。その後、テレビ朝日のバラエティ番組「アメトーーク!」で映画の宣伝なのか芸人たちがこの作品について語っているのを見たらまたちょっと興味を惹かれ、単行本のほうは五十数冊も出ていて売れているみたいだったので今度はこの原作を読んでみた。まあまあ面白かった。
この作品は基本的に少年マンガの王道的な主人公の少年・信が戦って強くなっていく話なのだと思う。信は幼馴染の漂とともに日々馬鹿みたいに木刀を打ち合って鍛錬していたので、知らないうちにかなり強くなっていた。それでも本業の武人や暗殺者たちにはそのまま通用するわけではないので、根性で戦って勝利を掴んでいく。
物語は王弟・成蟜の起こした反乱に巻き込まれるところから始まる。幼馴染の漂の外見が秦王・政(のちの始皇帝)にそっくりだったことから影武者として登用され、信も王宮から逃れてきた政と行動を共にすることになる。味方の少ない政はなんとか敵の手を逃れたあと、王宮を取り戻そうと無茶な戦いをする。
この事件で秦王・政と個人的な親交を得た信だったが、いきなり取り立てられるということはなく、下僕の身分から成人に引き上げられ家と土地を与えられるにとどまる。それから数か月後、戦争が始まるので信の住む村にも召集が掛かり、一人の雑兵として戦いにおもむくことになる。伍という五人組を組まされ、一見頼りない伍長・澤のもと、初めての戦場を見て驚く信。雑兵目線で戦争を描いていて非常に面白い。
手柄を立てた信は百人将になり、百人の隊を率いる立場となる。そこからは個人の武勇だけではなくて隊全体のことを考えて動かなければならなくなる。物語が進むにつれて隊の人数は増えていき、それにともなって作戦を考える軍師や分隊を指揮する副官や小隊長が増えていく。戦場の中での役割も大きくなっていき、言われたとおりに動くだけではなく、自分たちで動くようになる。
普通の王道的な少年マンガと違うのは、秦の国の軍隊という組織の中で行動するので、上司がいて無茶な命令を受けたり、互いに切磋琢磨していく同格の隊長がいたり、自らが率いる部下がいたりすることだろうか。まあ部下といってもみんな仲間みたいな感じなんだけど。少年マンガって読者の多くはサラリーマンだったりするので(!)このあたりがウケたのかもしれない。
秦王・政はまだ成人しておらず、宰相(いまの首相みたいなもん)の呂不韋に後見人として牛耳られている。呂不韋は元々商人で、その財力で先代を王につけたが、それはあくまで自分自身が国を乗っ取って王となるための布石だった。
史実を元にしているので、当然のことながら筋書きがしっかりしている上に、うまいこと脚色していて話が非常に盛り上がる。作者は結構話を練っているみたいで、三十何巻かで死ぬ予定の登場人物の名前を逆算して決めていたり、本編の前にいくつかのサイドストーリーを発表したりしている。作者の巻末インタビューを流し読みしてみたらこの人は理系の人らしい。
戦場の動きの描写が面白い。たとえば戦争ゲームで指揮官の統率力みたいなパラメータが高ければ同じ兵力でもより強くなるものだけど、それが実際にどういう風にして差が生まれるのかが見ていて非常に分かりやすい。たとえば戦いの前に兵士たちに気合を入れるために演説ぶるとか、自分が先頭に立って戦うとか、敵の側面から攻撃して混乱させるだとか色々ある。
敵も味方も将軍(指揮官)や軍師が個性的で、自ら武器をとって戦う人がいたり、色んな戦術をとってくる人がいたりする。基本的に歩兵が基本となって敵に当たるのだけど、騎馬隊がその機動力で敵の側面なんかに回ったり、弓兵が遠い距離から射かけたりする。他に独自の兵種を活用する将軍がいたり、攻城戦ではハシゴだけじゃなくて移動式のやぐらを持ってきたり毒矢や火矢を用いたりする。日本の城は純粋に軍事施設なので小さな山みたいな感じに作って二重三重に壁で囲うけれど、中国の城は中に町があるのでかなり広い面積を巨大な城壁で囲っている城塞都市になっている。壁の高さがビル何階分もある。他にも秦は内陸の山間部にあるので谷間しか通れない場所に函谷関みたいな巨大な関所があってそこを巡る戦いにもなって面白い。
漢人だけじゃなくて山の民だとか犬戎なんかが出てくるところがいいと思う。七大国だけじゃなくて隠れた小さな国があったり、野盗たちを取りまとめている将がいたりと、権勢の構造についての描写がなにげに深い。
でも読んでいくと色々と気になるところがでてきた。
まずこの題名がよく分からない。「キングダム(王国)」て。なぜわざわざ横文字を使うんだろう。「王国」だと日本語の響きに引きずられるからだろうか。それにいずれ帝国になるのだから「エンパイア」じゃないの?と思ったけど国々の戦いだからなんだろうか。国の礎、みたいな話はちょっと語られるけれど本当にちょっとだけ。主人公の信は「天下の大将軍」になりたいと言っているので、少なくとも今のところは「キングダム」と何も関係ないように見える。
「本能型」という言葉をわざとらしく使いすぎだと思う。要するに理詰めで動くのではなく勘で動くタイプのことを作中でこう言っているのだけど、登場人物が一様にこの「本能型」という言葉を当たり前のように使っていることに違和感があった。あえてこういう語彙を用いず「勘の鋭い将」みたいに言ってくれていれば自然に受け取れたと思う。作者が研究者だったから自然に形式ばった言葉を使っちゃったんだろうか。
自分がアニメを見るのをやめたのは、でたらめに強い武力を持つ敵将の龐煖(ほうけん)との戦いがダラダラしていてうんざりしたから。ここに限らず戦闘シーンが長くて、もう見るのをやめようと思いながらもなんだかんだで見続けていたのだけど、龐煖は本当にむちゃくちゃなキャラなのでこの先の展開に期待ができなくなった。ちょっと調べてみたら史実ではこんなキャラじゃなくて文武両道の将軍だったらしい。でも少年マンガ的にはやっぱりこういうキャラが必要なのだということもわかる。実際かっこいいのは確かで、いきなり戦場のど真ん中に現れて「我武神龐煖也」と言って無双し始める。
実は女、という流れが何度かあるのだけど、どれもちょっと陳腐だと思う。自分はこういう展開が結構好きなので、だからこそもっと自然に楽しみたかった。信は基本的に細かいことは気にしないたちなのでもっぱら意識するのはヒロインたちなのだけど、信もたまに照れることがある。どっちもかわいい。でも仲は進展せず。自分は誰かとパートナーに発展してほしいのだけど、少年マンガってあまり恋愛を書かない方が売れるみたいだし、くっつけるにしても誰とにするかでファンがやきもきするのでいまの形が一番いいってことなんだと思う。
暗殺者一族の蚩尤(しゆう)の設定は無理があると思う。女は男と違って一年に一回しか子供を作れないので、女同士を殺し合わせて最後に生き残った者に一族をまとめさせるなんてやっているとまったく繁栄できない。こういうのはせめて男がやって種をまかないと。
史実だからネタバレもくそもないのだけど、最初に出てきた大ボスの呂不韋との戦いの幕切れが延々と数十巻引っ張られたあげく唐突に終わったのが拍子抜けした。呂不韋が政と論を戦わせるシーンで、武力ではなく金の力で世の中を治めるんだと言ってすごく期待が高まったのだけど、結局その先に大した展開がなくてガッカリした。一方の政も「法で支配する」と史実上の主張をするのだけど、唐突すぎて全然入ってこなかった。作者は娯楽作品にするための努力は惜しまないのに、なんでこういうところに自分なりの解釈をするなりして作品世界を組み立てなかったんだろうか。歴史作家だったらこういうところに熱を入れすぎて自分の考えを登場人物に強く語らせてしまうところまであるのだけど、そんな誘惑そのものがなかったのだろうか。
日本人は中国史というとまず三国志を思い浮かべるけれど、中国人の場合は史記が一番らしい。史記は前漢の途中までの時代が描かれているので範囲が広く、孔子なんかがいた春秋時代や、項羽と劉邦の戦いがあった前漢の建国時期が一番面白いんだろうけど、始皇帝が中国全土を統一した戦国時代末期はどうなんだろうか。この作品はネットの評判によると中国人には賛否両論で受け止められているらしい。もし日本の戦国時代で上杉謙信が女だったり豊臣秀吉が筋骨隆々の大猿だったりする話があったらどう思うだろうか。っていうか実際そういう作品があった気がする(笑)。
戦争がメインなので政治があまり語られない。他国との同盟を組むなどの外交や、宮廷内の権力みたいなものが一応描かれるけれど、どれもいまいちだった。一番の外交的成果は呂不韋一派の老人がやっちゃうし、宮廷内の描写は理屈じゃなくて絵と簡単なナレーションだけで表層的にしか語られなかった。
この作品は良くも悪くも少年マンガで一番売れる王道ものを古代中国でやったのだと思う。努力と友情と勝利がメインだから。友情がちょっと希薄な気がするけど。尾平はウソップみたいなもんか。途中から出てくる同世代のライバルである王賁や蒙恬なんかとのやりとりはわりといい感じだけど、正直それ目当てでこの作品を楽しめるかというと物足りないと思う。ちょいちょい人情話も出てくるけれど、自分はどれもそんなに楽しめなかった。この作品の面白さのほとんどはあくまで戦いにある。作者がこの時代を選んだ理由はこれだと思う。
史実では信こと李信がいずれ大敗するみたいなのだけど、そこまで描くんだろうか。描くとしたらどういう風に描かれるんだろうか。
面白い作品ではあるけれど、正直読んでよかったかというと微妙だと思う。マンガ喫茶で軽く読むなりアニメを流し見するなりすればいいんじゃないだろうか。
(最終更新日: 2020年1月4日 by ひっちぃ)
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