葬送のフリーレン 3巻まで
原作:山田鐘人 作画:アベツカサ (小学館 少年サンデーコミックス)
傑作(30点) 2021年2月8日 ひっちぃ
長命な種族エルフの魔法使いフリーレンは、勇者ヒンメルたちと共に十年に渡る旅の末に魔王を倒し、その後パーティは解散した。それから五十年が過ぎ、かつて通ったのと同じ道をたどることで、自分にとって大したことでなかったはずの日々を思い出し、大切なことに気づいていく。少年マンガ。
2020年の新作マンガでどれが一番面白かったか議論するスレをまとめブログで見た中で、この作品が一番人気だったので読んでみた。こういう感傷的な話が自分は大好きなのですごく良かった。
一話の時点でもう既に魔王を倒しており、王都へ凱旋するところから物語は始まる。異世界ものでもこういう展開は時々あるので目新しさはないのだけど、この作品はそこから真面目に話を紡いでいっている。
昔読んだ原哲夫「花の慶次」を思い出した。いきなり関ヶ原から始まり、戦国時代に乗り遅れた武将・前田慶次が狂い咲きし、太平の世に丸くなってしまったかつての猛者たちを焚きつけていく。主人公がめっちゃ強い点では共通しているけれど、この作品では役割がちょうど逆になっている。
主人公のフリーレンは数十年という時間を大したことと思わない圧倒的に長寿なエルフの少女であり、ものすごい魔力を持つ大魔法使いでもあるため、普通に考えたら読者が共感を持つなんてありえないのだけど、彼女と私たちとの間には大きな共通点がある。一生懸命に生きてきた人たちを横でただ眺めていたこと。だらだらとサブカルを愛でる現代のオタクに刺さると思う…いや全然刺さらないな(笑)。フリーレンかわいいで終わりそう。
この作品は小さなエピソードの連続で成り立っている。努力が報われなかったことや、大して意味がないと分かってやっていたこと、あるいは無意味だと思ってやらなかったこと。それを数十年経ってから起きたイベントや事件がもとで一つ一つ思い起こしていく。フリーレンは何事もなかったかのようにそれらを飲み込んでいく。すべてはもう過去の出来事なのだと。彼女の肉体はまだまだ若いけれど、いまから新しい自分をやりなおそうとはしない。そういうところが読者にとってやさしい感じがする。
途中で出てくる弟子のフェルンがいいキャラしていて好き。普段は丁寧な言葉遣いをしているけれど、ダメな人間に対してはゴミを見るような目で邪険に扱う。視線だけで笑える。絵もすごく良くて、セリフがなくて行動と沈黙だけで描写されるシーンに何度も笑った。何か言いたそうで黙っている顔とか最高だった。
この作品が人気あるってことは、若い人がマンガを読んでいないというのは本当かもしれないと思った。
最近はエルフのことを単に長命で優れた種族としてしか扱っていない作品が多くて、活力がなくて衰退へ向かっているというトールキンの生み出した元々の設定を見るのは珍しくなってしまった。オリジナルどうこう以前に寿命が長かったら一生懸命生きようとなんてしないだろうから無気力になって当然だと思う。
感傷的な作品にありがちなのが感傷的になりすぎることなのだけど、少なくとも自分から見ればうまくいっているように思った。フリーレン一人ではなく若いフェルンやシュタルクも一緒にいるし、事件が起きるのでそうそう昔の思い出にばかりひたっている時間もないからだろうか。
ザインという若くない仲間が加わるのもいいと思った。こいつはフリーレンが自分で言っているように彼女と近い想いを抱えているようだけど、彼女とはまた違った結論にたどり着きそうな気がする。こいつに限らずフリーレン一行はみんな考え方がバラバラなので行き違いが楽しい。先を急ぎたいフェルンと時間を無駄に過ごしたいフリーレンみたいな。
戦士シュタルクがちょっといまいちかなと思った。こいつは自分に自信がないのだけど、その描写がちょっと安易に思えた。みんなを見捨てて逃げた過去を克服した彼はその後どうなるのだろう。
フェルンもまだそこまで掘り下げられていないように思う。幼い頃に両親と死に別れて絶望して自殺しようとしたところをフリーレンの仲間だったハイターに声を掛けられて踏みとどまるのだけど、その時のハイターの言葉はハイター自身に言い聞かせたものだと思う。彼女はその後ハイターの意志を継ぐことを第一とし、死に瀕したハイターのもとへ行くのを我慢してまで修行に専念した。もし彼女にも物語があるとしたら、自分のやりたいことを見つけるといった感じになるのだろうか。いまはもう完全にギャグ要員になってしまっているけれど。
絵はうまいと言ったけれど、ドラゴンの巣だけは明らかに意味不明だった。あんな開けたところに巣なんて作るはずがないし、鳥の巣を大きくしたような感じなのが笑った。最近見た中では竿尾悟「ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」(原作:柳内たくみ)に出てくるドラゴンと巣がとてもリアルだと思った。人が簡単に来れないような山頂付近の穴の中で沢山の財宝を腹に敷いているイメージが正解だと思う。
ほろ苦い話なのでヒーローものとかが好きな人には全然ウケないだろうけど、人間誰しもやらなかった後悔を抱えているものだし、そういう自分の過去を冷静に振り返ることが出来る人ならじんわり来ると思うのでぜひ読んでみてほしい。
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