ハコヅメ ~交番女子の逆襲~ 16巻まで
泰三子 (講談社 モーニングKC)
最高(50点) 2021年5月24日 ひっちぃ
新人警察官の川合麻依は安定を求めて公務員になっただけで、なってみたら警察官のあまりの嫌われっぷりとブラックさにうんざりしていた。そんな中で彼女の勤務する交番に町山署の刑事課から美人の先輩巡査部長・藤聖子が配属されてきて、色々な面倒ごとを時には愚痴を言いながらもこなしていく先輩を見ているうちにちょっと思いなおしていく。青年マンガ。
テレビ朝日「アメトーーク!」のマンガ特集でこの作品のことが取り上げられていて、絵柄にちょっと抵抗があったけれど面白そうだったので読んでみたらとても面白かった。もうこの2021年7月からテレビドラマ化が決まっているらしい(局が違うから宣伝ではないだろう)。ドラマだと藤聖子のほうが主役になっていて嫌な予感しかしないんだけど。
この作品の最大の特徴は、刑事ものではなく警察ものだということ。殺人や強盗といった凶悪事件はほとんど扱わず、交通違反や痴漢や窃盗、警察内部での訓練や研修や査察、110番通報への対応や職務質問や見回りといったこまごまとしたリアルな警察の実態を面白おかしく描いている。タイトルの「ハコ」は交番のことで、そこに詰めていることを表しているようだが、交番にいるシーンはほとんど描かれておらず大体外か警察署内に応援に行っている。
警察というと治安を守っているわけだから多くの人にとって頼りになる存在のはずなのだけど、交通違反で切符を切られたり色々とうるさいことを言われたりして嫌な印象を持っている人は多いと思う。自分は幸いなことにいまのところ警察の世話になったことはないけれど、それでも学生の頃に自転車の二人乗りを注意されたときはネガティブな印象をもったし、警察官とすれ違うときは不審に思われないよう視線をそらさずあえて少し見るようにしている。
しかし警察官の立場に立ってみると、守っているはずの市民から税金泥棒とののしられたり、様々なルールに縛られながら仕事をしなければならなかったり、公務員だから労働基準法に守られず長時間勤務を強いられたりと色々大変らしい。警察官も一人の労働者なんだというところから描いていて、巧みに読者のハードルを下げている。パトカーに乗っている時は特に丁寧に運転しないと市民から通報されるかもしれないとビクビクしているのがウケた。こんな感じの警察あるあるが詰め込まれている。
主人公(?)の川合麻依は警察学校を出たばかりの新人警察官で、おかっぱヘアで天然、仕事も人間関係も初心者の若い女の子。それに対して新たにペアを組むことになる巡査部長の藤聖子はすごい美人な上に警察学校を優秀な成績で卒業しており、日々起きるトラブルをサバサバと対処するのがかっこいい。この先輩後輩関係が話の軸になっていて、先輩に無茶ぶりされて後輩がバカなことをやったり、あるいは意外な特技を発揮したりといった感じで話が進んでいく。
日本一有名な警察ものは秋本治「こちら葛飾区亀有公園前派出所」だと思うんだけど、主人公の両さんはほとんど仕事をしておらず(!)、たまに偶然窃盗犯を捕まえるぐらいで警察の仕事はほとんど出てこない。それに対してこの作品は作者の泰三子が実際に警察官を10年やっているらしいのでリアリティが全然違う。リアリティと言えばフジテレビ「踊る大捜査線」も日本のリアルな刑事の実態を描いたことで話題となり人気となったけれど、あちらはあくまで刑事限定なので刑事以外の警察の仕事はあまり描かれなかった。
交番がメインなのも面白い。この作品を読んで初めて知ったのだけど、交番というのは警察署の派出所つまり出先機関なので、町の警察署の指揮のもとで刑事事件の応援にも行く。無線でのやりとりがこれまたリアルで、架空の警察署である町山署からの指令を受けて現場に急行したり、不審なことがあれば報告して応援を求めたりする。町山署の上には県警本部があってそっちからの指示が飛ぶこともある。交番はなんでも屋みたいな感じでその場でなんでもやるっぽい。
町の警察署には刑事課があって、刑事事件を専門とする警察官つまり刑事がいる。町山警察署の刑事課の捜査一係にはアフロヘアで人たらしの巡査部長・源誠二と、ツンツンヘアで熱くなりやすい巡査長・山田武志のペアがいて、藤聖子とは因縁があってたびたび現場ではちあわせてモメるのがウケる。でも基本的には絆があって信頼しあっている。源誠二はおばちゃん人気があってよく通報で指名される(?)が単に話相手になってほしいだけだったりして、なんだかんだで時々会いに行ったりしてやさしい。
捜査一係には他に牧ちゃんこと牧高美和という女刑事がいるのだけど、新選組や司馬遼太郎が大好きな歴女で運動能力はなく書類仕事が得意という刑事らしからぬキャラで面白い。刑事の仕事の中には女性の容疑者の身体検査や込み入った事情での取り調べといった女性でないと出来ない仕事が意外にあるので重宝されているけれど、普段は男くさい職場の中で書類の山に身を隠してひっそりと仕事をしている。
他に詐欺や知能犯に対処する捜査二係には藤聖子の幼馴染でもあるイケメン刑事の如月昌也がいて、容姿に似合わずエロ動画に詳しい三枚目っぷりだが、実は幼少期に性的いたずらをされたことがあり、それが原因で自分が性的に見られることを嫌悪しており恋愛もうまくいっていない。
交通課には藤聖子と如月昌也が警官になるきっかけとなった剣道の師匠である宮原三郎がいて、いまでも尊敬されているけれど本人はとっくに仕事にやる気がない。でも誰かがやらなければならない仕事だからと使命感は持っている。交通課のエピソードはなかった気がする。ひき逃げ事件を追う長編「同期の桜」は作中もっとも印象的な話でとても良かったのだけど、交通課というよりはひき逃げ犯を追う捜査の話になっている。
生活安全課には子供のような外見をした黒田カナがいて、交番で制服を着て勤務していたときにはニセ警官がいるとよく通報されていたが引き抜かれ、その外見を活かして潜入捜査をするようになり、不良少年少女といった扱いの難しい容疑者の取り調べなんかも担当している。でも要領がいい反面サボりがちで腹に肉がついている。
この作品を読んでいると警察っていうのはほんとにブラックで労働条件が悪くて大変なんだなあと思うし、みんな不平不満をたらしながら働いているのだけど、そんな彼らの仕事ぶりや絆がとてもまぶしくて、読んでいる最中に何度も自分のことをかえりみずにはいられなかった。
最初ちょっと絵に抵抗があったと書いたけれど、安野モヨコの絵にちょっと印象が似ていると思う。安野モヨコの絵はちょっと目が大きすぎて最初慣れなかったのだけど読んでいるうちに魅力を感じられるようになった。この作品の絵もそれと印象が似ていて、たとえば藤聖子は設定どおり美人に描かれていて魅力的なのだけど、流行りのタイプの絵ではない上に少し不安定なタッチなので見ていてやや不安な感じがする。でも色んなタイプのキャラ、特におっさんたちがいい感じに描かれていて絵はうまいと思う。
一コマの中でボケとツッコミが詰め込まれているシーンが結構あって、まるで「銀魂」の空知英秋のようだった。ちょっとくどく感じることもあるけれど、おおむね面白くて何度か声に出して笑った。読者を笑わせようと、しっかり状況を作ってオトそうとしていることが読んでいて透けて見えてしまうことが多かったけれど、自分はこの作品が大好きになったせいか大体面白く読むことができた。
女性警察官のことをメスゴリラのように描写しているシーンが何度もあるのだけど、読んでいてちょっとその感覚がよく分からなかった。作中人物が現実に存在していたらどんな感じなんだろうと想像してみたけどうまく想像できなかった。マンガではみんな細マッチョなのでゴリラって感じではないと思う。新人の川合は少しだけ体格がいいので成長したらゴリラっぽい印象になるのかもしれないけれど、まだ新人だし性格的にもチンパンジーとして描かれていてこれはこれで笑った。
この作品は警察の仕事と実態が分かるし登場人物も魅力的でなにより面白くて笑えるので全国民必読の作品として強く読むことを勧める。
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