全カテゴリ
  ■ マンガ
    ▼ 天国大魔境 10巻まで

  • 新着リスト
  • 新着コメント

    登録

  • 天国大魔境 10巻まで

    石黒正数 (講談社 アフタヌーンKC)

    まあまあ(10点)
    2024年3月12日
    ひっちぃ

    大災害が起きて文明が崩壊した空想近未来の日本を舞台に、青年マルは「天国」と呼ばれる場所を探してキルコという女性と荒廃した世界を旅をしていた。一方、この世界のどこかに不思議な能力を持った子供たちが集められ、全寮制の学園のような外界から隔絶された施設で教育を受けていた。SFマンガ。

    作者の石黒正数は名作「それでも町は廻っている」を描いた人で、自分はこの人の作品が好きすぎて短編集まで買って読んでいる。なので当然のことながらこの新作にも早くから注目していて、実際読んでもいた。しかし導入部を過ぎてもいっこうにおもしろくならず、ついに10巻まで来て大体のしかけがわかってからもいまいちに思えたので、もう感想を書いてしまうことにした。

    二つの物語が並行して語られる。まずは謎の学園でさまざまな特殊能力を持ったミュータントのような少年少女が集められて教育を受けている。子供たちはそれぞれの思いで生きており、まわりの子供たちと仲良くしたり、時にはいがみあったり、初めて芽生えた感情に戸惑ったり、まだ見たこともない外の世界のことを考えたりしている。子供たちの素朴なやりとりと、彼らが持つ不思議な能力、そして彼らを管理している大人たちのことなんかが気になりながら読み進めることになる。

    もう一つの物語は廃墟と化した日本を旅する二人の男女。なぜこの二人は旅をしているのか?この二人の関係は?読み進めるにつれて明らかになっていく。あまり全部話すとおもしろくないだろうし、正直自分はあまりこの作品について語りたいと思っていないので、説明しないことにする。

    荒廃した世界でも人々は暮らしており、人口はだいぶ減っているみたいだけど集落を作って暮らしていたり、ポツンとした場所で宿を営んでいたりする。農業で自給自足しながら大麻を吸って気ままに暮らしている場所とかあっておもしろかった。

    なぜこの世界の文明が崩壊してしまったのかは不明なまま話が進む。時折よくわからない謎の敵性生命体が襲ってくることがあって、圧倒的に強いので大抵の人間はかなわず逃げるしかないのだけど、なぜか青年マルには対抗手段があって、女性キルコにサポートしてもらいながら退治することができる。その謎はそのうち明かされる。

    大友克洋「AKIRA」に出てくる通称「キンダーガーデン」のような「天国」の描写や、廃墟となった東京を冒険する生々しい描写は期待を高めてくれた。また、文明を取り戻すために「復興省」なるものを作って組織化している人々がいるところはいかにもそれっぽくておもしろかった。

    一体この二つの物語がどう関わり合っていくのかがこの作品の核心であり、題にあるように「天国」と「大魔境」とが交わるところにこの世界の真実がある。それを知ったとき自分は「あっ、そういうことか」ぐらいには驚いたけど、不思議と感動はなかった。

    自分がこの作品を好きになれなかった一番の理由は、キャラにあまり魅力を感じられなかったからだと思う。青年マルは女性キルコのことをおねえちゃんと呼び、それでいて異性として好きで交際したいと思っているが、キルコのほうはとある事情もあって受け入れない。そのとある事情がなんかややこしい描写により真実がブレて描かれていたせいで本当はどっちなのかしっくりこなかった。また、おねえちゃんと呼ぶのに恋人にしたいというのも倒錯しているようにしか思えなかった。

    異能力ものとしても青年マルの能力のことがよくわからないのでそれほど楽しめなかった。

    一人で宿を営んでいて体を押し売りしてくる少女がかわいくて印象に残った。

    ギャグはたまにすごくおもしろいと感じられるものもあったけれど、なんか笑いそこねたなと思うことのほうが多かった。作者の意図だけ伝わってくるような。

    なんか良くも悪くもただ石黒正数の世界が繰り広げられているといった感じだった。これは憶測だけど、この作品は「それでも町は廻っている」の成功に自信を持った作者が、より純粋な形で自分の作りたい作品を作ろうとしてできたのだと思う。その結果、個人の生の創作がそのままに近い形で描かれ、微妙なものになってしまったのではないだろうか。

    売れたアーティストがその後いまいちな作品ばかり作ってしまうのと同じだと思う。編集者が一歩引いた目で見ればちょっと中途半端に感じられる部分がいろいろわかったはずなのだけど、そのままの良さを出していこうってことになったのかもしれない。石黒正数はとても独創的な作家だと思うので、編集者がちょっとわかりやすくするよう注文をつけるぐらいがちょうどいいんじゃないだろうか。…これ全部勝手な妄想なんだけどw

    と言ってもこの作品のことをおもしろいと言っている人も結構いて、実際アニメ化もされている。今回、自分のような微妙な立ち位置にいる読者がたまたま振り落とされただけで、新たなファンが生まれたり、これまでの信者がさらに熱狂したりしたのかもしれない。

    ちなみに「それでも町は廻っている」もそこまでヒットしたわけではなくて、アニメ化も一期だけで終わっており、ネットを見る感じだと自分も含めた一部の読者や視聴者だけが名作だと言っているように見える。

    というわけでいったん試しに読んでみて、ダメだったら「それでも町は廻っている」のほうも読んでみてほしい。

    [参考]
    https://
    afternoon.kodansha.co.jp/c/
    tengokudaimakyo.html

    コメントはありません

    manuke.com